29 99・9
「切り出した石の重さを軽くする魔法を掛けますからみなさんで運んでいって下さい」
採石場で働いているのは難民たちの中でもどちらかと言えば若くて力がありそうな人たちだった。
とはいえそれは相対的なものであるため普通であればとても力仕事をしているようには見えない人が大半だ。
「しかし、こんなに大きな石なんて俺たちだけで運べるのか?」
「いくら魔法で軽くするといっても限度があるだろう」
採石場では勇馬が作った石切特効が付与された鉄の剣で石材が次々と生産されていた。
それを難民たちが運んでいたのだが石の大きさには限度がある。
設備や道具もろくに揃っていないため自分たちが抱えて運べるサイズのものがせいぜいといった状況だった。
大きな施設や城門用に大き目サイズの石材を運びたいところだが切り出すことはできても運び出すことができなかったため、勇馬が来るまでは小規模サイズの石材しか運ぶことができていなかった。
そんな中で勇馬がやってくるや1辺1メートルを超えるような大きな石材をそのまま運ぼうと言いだしたのである。
その重さは2トンから3トンにもなるため1人でどころか何人がかりで運ばなければならないのかとその場に居合わせた人たちは途方に暮れてしまった。
「大丈夫です。一人でも運べる重さになっていますから」
勇馬の言葉に集まっていた難民たちがお互いに顔を見合わせる。
「大丈夫ですって、ほら」
勇馬は近くにあった1立方メートルサイズに切り出された石材に近づく。
そして両手を広げて掴み、それを抱えてみせた。
「少し持ちにくいですが、どうです? 運べるでしょう?」
「そっ、そんな馬鹿な」
「あんな重たいもの、どうやって……」
中肉中背、どちらかといえば華奢な勇馬が巨大な石材を軽々と持ち上げたのだからそれを見た難民たちは驚きの声をあげた。
「それでも重たいのは重たいですし、正直一人では運びにくいですから二人一組で一緒に運ぶか交代しながらの方がいいかもしれません」
「皆さん、驚くのは無理もありませんが取り敢えずは持ってみて下さい。無理なら無理でこれまでどおり小さなサイズの石を運んでもらいますから」
現場監督をしていたエクレールがそう声を掛けて難民たちを落ち着かせた。
この場所で難民たちを纏めていたエクレールは数日のうちにある程度難民たちから信頼されたようで彼女の言葉によって難民たちは取り敢えず動き始めた。
「おっ、ホントに石が軽いぞ」
「うおっ、たしかに掴みにくいが重さ自体は大したことないな。これなら1人でも運べそうだ」
恐る恐るといった様子で切り出された大きなサイズの石材に人が集まると口々にそんな言葉が出てくる。
「ねぇ、ご主人様。いったいどんな魔法を使ったの? こんなに大きな石を運べるようにする魔法なんて聞いたことがないんだけど……」
「んっ? いや、ただの付与魔法だよ。重量軽減の」
小声で話し掛けてきたエクレールに勇馬は何でもないようにそう答えた。
「でもそれだと精々20%、腕のいい付与師でも25から30%の軽減ができるかどうかのはずよ。それなのに1人で運ぶことができるほどになるなんて」
「そこはまあ、企業秘密ということで」
企業という言葉をエクレールは理解できなかったがおそらく勇馬の力の一つなのだろうと考えることを諦めることにした。
既に勇馬は規格外。
セフィリアの言うとおり本当に神の御使いであるかもしれないのだ。
そんなエクレールに難民たちへの指示を任せて勇馬は石切の現場へと行くとステルス印判モードにしたマジックペンで切り出された石材に次々と付与をしていった。
今回している付与は『重量軽減99・9%』。
付与魔法ギルドでは一般的な付与師ができるレベルということで20%の軽減が上限となっていたがこの場ではその様な制限は存在しない。
ダメで元々と思いながら試してみると何のことはなくあっさりと付与することができた。
こんな凄いレベルの付与をすれば魔力切れが心配になるところだが今のところその様な兆候はみじんもない。
「まあ、そのときはそのときということで」
勇馬は自分に言い聞かせるかのようにそう呟きながら、次々と切り出されていく石材に重量軽減の付与を続けた。




