27 採掘
「ご主人様、ちょっと相談があるんだけど」
街の建設予定地にところどころある大岩を消す作業をしていた勇馬にエクレールがそう声を掛けてきた。
「どうした? 何かトラブルか?」
「いえ、そういうわけじゃなんだけど……」
エクレールが担当する業務は街の建設予定地から少し離れた場所にある岩山で石材の切り出しと運搬の監督だ。
場合によっては爆炎魔法でちょっとした地盤の破壊ができるかも、ということで担当者に抜擢されていた。
「なるほど、思った以上に岩が固いか……」
「ええ、石切用の道具を使ってはいるけどかなり時間がかかわるわ。それに運ぶのもかなり骨が折れるし……」
勇馬のつくる新しい街に残る難民たちの中に若い男もいるにはいるがそこまで多くの数がいるわけではない。
力自慢や若く精力的な者たちは冒険者や傭兵になって他の街や国に移動する者が多くこれからどうなるのかわからない街に留まるものは少ない。
「わかった。一度現場を見てみよう」
勇馬はそう言ってエクレールに案内されて街の建設予定地から数キロ離れた岩山へと向かった。
「なるほど、難儀してるな……」
一抱えの石材を切り出すのに複数人がかりで時間を掛けてようやくといった様子だ。
道具も正直そこまでいいものではないのとここの石が普通よりも固めであることが原因のようだ。
「それでどうかしら? ご主人様の力で何とかなりそう?」
エクレールが期待を込めた目で勇馬を見る。
勇馬が街を作ると宣言してからエクレールの勇馬を見る目は日に日に変わっていく。
当初はちょっと変わった風貌の腕のいい付与師に過ぎなかった。
それが今や荒野を一瞬で農地に変え、どこからともなく水を溢れさせ、あまつさえ温水すら自由自在に操るのである。
かつては勇馬のことを神の御使いと崇めるセフィリを冷めた目で見ていたが今やそんな彼女も勇馬がどこまでできるのか、そしてその正体は何なのかといったことに興味が尽きない。
「う~ん、ちょっと待ってくれ。試してみたいことがあるから」
勇馬はそう言ってその辺りに転がっていた鉄の剣を手に取った。
それは石切用の道具が足りないときにないよりはマシと用意されていたものだ。
「ご主人様、それは石切には向かないわ。専用の道具でさえここではなかなか刃が立たないのに……」
「いや、まあ、何とかと何とかは使いようって言葉があるからね」
勇馬は手に持った鉄の剣に視線を固定したままステルスモードにしたマジックペンを手に取った。
そしてその刀身にさっとペン先を走らせる。
『石切特効』
そんな付与をされた鉄の剣を持って勇馬は近くの岩に向かった。
そしてその岩に向かって鉄の剣を振り下ろす。
――すぱっ!
何の抵抗もなく見るからに固そうな岩が滑らかな断面を残して真っ二つになった。
「えっ?」
「うん、試し切りをしたけど何の問題もないみたいだな」
勇馬の手にはバターを切ったときと変わらないなんでもない感触だけが残る。
「…………」
「これならエクレールでも簡単に石を切り出すことができると思うよ」
勇馬はそう言って『石切』の付与を終えたばかりの鉄の剣をエクレールに渡した。
「ああ、あとどのくらいこれと同じのがあったらいい?」
「えっ、あっ、そうね。10本もあれば大丈夫だと思うけど」
「10本? ああわかった、直ぐに用意しよう」
勇馬はそう言うとそこにあった鉄の剣10本に同じ付与をものの数分でやってのけるとできたばかりの付与済みの鉄の剣を抱えてエクレールとともに現場に向かった。
「監督さん、この岩場はダメだ。てんで歯がたたん、こんなんじゃ石の切り出しだけで何年かかるかわからねぇ」
難民たちの中からこの現場作業の事実上のリーダーになっていた体格のいいごつい大男がエクレールの姿に気付くと近づいてきてそう嘆いた。
全身、日に焼けて真っ黒でその歯の白さが際立つ30歳くらいの男だ。
「ではこの道具を使ってみてもらえますか? それを使って歯が立たなければ別の方法を考えますから」
「って兄さん、これはただの鉄の剣じゃねぇか。こんな専門の道具でも何でもないものが使えるわけがないだろう」
「まあまあ、だまされたと思って使ってみて下さい」
「わかったよ、使えばいいんだろ、使えばよぉ~」
男はしぶしぶといった表情でさっきまで作業をしていた切り出し現場に戻っていった。
そして直ぐに「こいつはスゲ~、こんな固い石がパンの様にスパスパ切れていくぜ~」という興奮を隠しきれない声が少し離れていた勇馬の耳にまで聞こえてきた。




