25 領主特権
「「神様、ユーマ様、アイリス様っ!」」
勇馬謹製の公衆浴場ができたその日の夜、さっそく久しぶりの入浴を済ませたフィーネとカリナがアイリスの元を訪ねると突然そう言ってアイリスを拝み始めた。
「ちょっ、ちょっとフィーネ、カリナ! こんなところでそんなことしないで下さいっ!」
いま3人は勇馬のテントから少し離れた場所にいる。
とはいえ勇馬は今もラムダ公国軍の特務大佐という地位にあるため、その周りには警備の兵士たちのテントもあるわけで、まったく人目がないというわけではない。
そんな場所で難民の少女たちから拝まれているところ見られれば他の兵士たちからどんな誤解を受けるかわかったものではない。
「わたしはアイリスちゃんができる子だと信じていたよ」
フィーネがそう言ってニコニコしながら自分の長い茶色の髪にすっと指を通した。
それまでごわごわになっていた彼女の髪は洗われたことでそれができるくらいには状態が改善している。
「はー、それにしてもユーマさん、いやユーマ様はマジ神だね、アイリスちゃんはマジ天使!」
カリナはそう言ってアイリスの姿をまじまじと眺める。
長い艶のある金色の髪に金色の瞳。そして見るからに滑らかな色白の肌。
翼が生えていればその姿は教会の壁画に書かれていてもおかしくなく天使にしか見えないだろう。
「いえ、私なんか……」
自分は何もしていないという後ろめたさだけでなく、他人に褒められ慣れていないアイリスは言葉を濁した。
「ううん、アイリスちゃんだからこそユーマさんは動いたんだよ」
「そうそう、そこはアイリスちゃんの手柄だよ。で、やっぱりアレが効いた?」
フィーネに続いてアイリスを褒めそやしたカリナが年頃の乙女にあるまじき下卑た笑みを浮かべてアイリスに尋ねた。
「いえ、それは……」
「さすがのユーマさんもアイリスちゃんに『ご主人様っ、アイリスのお願いを聞いてくれたらお風呂で一緒にニャンニャンしちゃうニャン♡』って言えば一発で落ちると思ったけどやっぱりね」
カリナはそう言って自慢気にその大きな胸を張った。
そんな彼女にアイリスは顔を真っ赤にして反論する。
「そんな恥ずかしいこと言えるわけないでしょっ!」
「「えっ、言ってないの?」」
フィーネとカリナは『ならどうして?』という不思議そうな表情を浮かべてお互いに顔を見合わせる。
「ただ、その……お風呂で背中を流すという約束はしましたから……」
そう言って頬を赤く染めうつむいてもじもじしているアイリスをフィーネたちは生暖かい目で見つめた。
フィーネたちに『頑張ってね』と送り出されたアイリスはユーマのいるテントに戻ってきた。
「は~」
思わず溜息が漏れる。
自分で言ったこととはいえアイリスはちょっと憂鬱だった。
勇馬ならひょっとしたらという気持ちはあったものの、できるとしてもこんなにも早くできるとは思っていなかった。
気持ちの踏ん切りをつける暇もなく公衆浴場は完成し、今夜は勇馬と二人きりの貸し切り状態で入浴することになっている。
一般開放が終わった時間を勇馬が自由に使うという小市民の勇馬らしい領主特権の使い方だった。




