22 農場作り
「今からご領主様がこの荒野を農地に変えてご覧に入れます」
シスター服姿のセフィリアがそう言って難民たちの注目を煽る。
しかし当然のことながら胡乱げな瞳をした者たちばかりだ。
ここ最近、炊き出しにより着の身着のまま飲まず食わずで移動してきた難民たちの腹を曲がりなりにも満たしていたからこそ罵声を浴びせる者はいなかったが内心嘲笑していた者たちがほとんどだろう。
勇馬は焦げ茶色のキャップのマジックペンの蓋を取って農地予定地の外縁に線を引きながら進む。
当初は屈みながら線を引いていたがマジックペンの長さを調整可能であることに気付いた勇馬はマジックペンを杖のような長さに変えて普通に歩きながら線を引いていった。
勿論、ステルスモードにしているので他の者たちから見れば勇馬がゆっくりと歩いている様にしか見えない。
そしてたっぷりと時間を掛けて勇馬はぐるりと農場エリア予定地の外縁をまわって元いた場所に戻ってきた。
勇馬以外の者の目には視えないが今確実に農場エリア予定地はマジックペンによって引かれた線で囲われている。
勇馬はマジックペンの長さを普通のペンのサイズに戻すと難民たちに背を向けて地面にしゃがみ込んだ。
そんな勇馬の姿を他の者たちは黙って見ていた。
ここまで注目を浴びることに慣れていない勇馬は落ち着かない気持ちを抑えながらも作業に集中する。
何を植えるかはまだ決まっていないが一般的な畑となるような普通の農地でいいだろう。
農業に詳しくはないが取り敢えずそれでいこうと勇馬は地面に『農地』と書き込んだ。
「なんだ? 地面が光り出したぞ」
「いったい何をしたんだ?」
突然のことに難民たちが騒ぎ出す。
勇馬が歩いた場所の内側の地面が突然光り出したのだ。
突然のことに人々は口々に驚きの声を上げる。
そして一際眩しい光が溢れたかと思えば次の瞬間それが弾けた。
あまりの眩しさに難民たちだけでなく、勇馬もセフィリアも思わず目を逸らす。
「う~ん、成功したのか?」
赤茶けたカチカチの大地は茶色の柔らかそうな土に変わっている。
しかし、農業をしたことのない勇馬にはそれがどれだけのものなのかさっぱりわかっていなかった。
「この中で農業をしていた方はいらっしゃいますか? ちょっと土の具合を見ていただきたいのですが?」
「それならわしが見よう」
「俺も」
前列にいた高齢の男性とその付添いと思われる中年の男が名乗り出た。
そして二人は勇馬についていき先ほどまで光っていた農地となったはずの場所へと足を踏み入れる。
中年の男が地面を踏んでその感触を確かめる。次に地面に手をつきその手で土を救い上げた。
「フカフカないい土だ。これなら何を植えても問題ないだろう、少し耕しただけで直ぐに作物を植えることができる!」
「うむ、ゴツゴツした岩や細かい石もないいい畑だ。これならわしでも作業できそうじゃ」
もともと農民だったのだろう二人がそう太鼓判を押した。
「では次に水路を作りましょう。どこにどう水路があったらいいでしょうか?」
「この形状の土地、そしてこの傾斜であればあちらからこう水路が引いてあるのが理想ですね。井戸でも掘られるのですか?」
「井戸は掘りませんが、まあ似たようなものかもしれません。ちょっと待っていて下さい」
勇馬は中年の男が示した通りにマジックペンで線を引いて『水路』を作る。
突然地面がぼこっと十センチ程度凹んで男たちは目を見開いた。
最後にその水路の上流に『水源』を作ればそこから湧き出した水が勢いよく水路を水で満たしていった。この水路は最終的には元々あった街の建設予定地近くを流れる小川に合流させているのでこの辺りが水浸しになることもないだろう。
「突然水路ができて水が流れて来たぞ」
「あんなにカチカチだった大地が柔らかそうな土になった。いったいどうなっているんだ?」
勇馬の動いた後に現れる通常ではあり得ない変化に難民たちが口々に思い思いのことを話し始めた。
そして誰かが零した『奇跡だ』という声に人々は即座に反応した。
「奇跡だ!」
「神の奇跡だ!」
難民たちの鬱屈した気持ちを爆発させるかのようにその場にいた多くの者たちが神の奇跡と叫んだ。
その様子を見た勇馬はあとのことはセフィリアに任せることにしてそそくさとその場を立ち去ったのは言うまでもない。
当初、暴動が起きたときのために備えて待機していたラムダ公国の兵士たちが喜びを爆発させた難民たちを抑えるのに苦労したという話を勇馬は後にセフィリアから聞かされることになった。
こうして勇馬がつくる、後に『奇跡の街』と呼ばれるこの街の最初の奇跡の話が人々の間で広がっていった。




