16 指名依頼
勇馬はロッシュとオルドスに自分が付与師でありギルドに所属していること、希望があれば特定の部屋に『防音』の付与魔法を施す仕事を請け負うと提案した。
有効期間については応相談での提案だ。
「武具と違って有効期間が4週間以上となると相当時間がかかるんじゃないか? もう昼も過ぎてるし今日中には終わらないんじゃあ……」
「いえ、それは大丈夫です。今日中には間違いなく終わりますよ」
ロッシュの疑問に勇馬は自信を持って答えた。
「それが本当なら是非お願いします!」
はたで聞いていたオルドスは渡りに船と即決した。
今回と同じような客が近いうちにまた来ないとも限らない。
実はこれまで付与魔法ギルドは人手不足となっており、建築関係の依頼については受注が大幅に制限されていた。
オルドスはこのことをロッシュ経由で耳にしていたのだが長年宿を経営してきた商人の勘が頼めるときに頼んでおけとささやくのだ。
一方、普段から付与師と仕事をすることも多いロッシュは勇馬の言葉に疑問を抱きつつもオルドスの決定に追従した。
「ただ、ユーマ。お前は事前にギルドの許可をとっているのか?」
「許可?」
ぽかんとしている勇馬にロッシュはため息をついた。
「なるほど、何もしていないというわけだな。なら早速行こうか」
何のことだかわからなかった勇馬は言われるがままにロッシュに引っ張られ見慣れた建物の前に到着した。
「ほらっ、入った入った!」
ロッシュに押されて入った先は付与魔法ギルドであった。
「あれユーマさん、忘れ物ですか?」
さっき仕事を終えて帰ったばかりなのに、また戻ってきた勇馬にエリシアは声を掛けた。
「やあ、エリシアちゃん久しぶりだね。トーマスのやつを呼んでくれないかい?」
「あれっ? ロッシュさんじゃないですか。どうしてユーマさんと?」
エリシアは疑問を抱きつつ言われたとおりトーマスを呼びにいった。そして直ぐにトーマスを伴い戻って来た。
「やあ、ロッシュ。今日はどうした? んっ、どうしてユーマくんと一緒なんだい?」
ロッシュは宿でのことを簡単に説明した。
「なるほど、つまりユーマくんに指名依頼をしたいということだな?」
付与魔法ギルドでは付与魔法ギルドとして依頼を受ける一般依頼、そして特定の人物を指名しての指名依頼とがある。
指名依頼は特殊な能力が必要となるなどその人物でなければこなすことができない業務であったり、信頼関係からその人物に限定しての依頼である。勿論、指名依頼であっても受ける受けないが自由であるのは一般依頼と変わらない。
「ギルドとしてはどんな依頼であっても指名依頼として扱うことはできるよ。それでユーマくんはその依頼を受けるのかな?」
「こちらとしては是非受けたいと思っています」
早くお金を貯めたい勇馬としては新しい仕事の開拓にもつながる今回の依頼は是非受けておきたいところであった。
「わかった。じゃあ、ちょっと手続きをするから待っていてくれ」
ギルド所属の者が直接客から依頼を受けるためには事前に登録許可の手続をしなければならない。また、定期的に報告と手数料を支払う必要がある。そのため単発の依頼であればギルドを通して指名依頼として受けた方が楽といえば楽である。
指名依頼の手続きが終わると勇馬たちはすぐに宿へと戻り、作業をすることになった。
今回の依頼は件の宿泊客が泊まる部屋の四方の壁に『完全防音』の付与魔法を施すことだ。
床と天井はもともと頑丈な造りとなっているため付与はしなくてもいいということになっている。
ちなみに有効期間は4週間以上でできる限り期間の長いものというのがオーダーだ。期間の長さによって倍々に報酬が上がる契約となっている。
「作業中は部屋には入らないでくださいね」
「わかった。作業が終わったら呼んでくれ」
勇馬の頼みにロッシュが頷くと早速作業に取り掛かった。




