17 決断
「なるほど。『宿り木』は接収されたわけだな」
王都やその北側から逃げてきたアミュール王国の上層部の連中は南にあるメルミドの街にまで逃げて来ると自分たちの拠点としてメルミドの街にある建物を次々と接収していったそうだ。
その中にはオルドスの経営する宿である『宿り木』も含まれていて何の補償もなしに一方的に建物を接収されて家族従業員ともども追い出されてしまったという。
「それでオルドスさん。すっかり意気消沈しちゃって……」
宿り木はオルドスが一代で築き上げた宿で亡くなった奥さん、つまりフィーネのお婆さんとの思い出が詰まった大切な場所だったそうだ。
カリナからそんな話を聞いて勇馬もひどく心を痛めた。
「それでみんなはこれからどうするんだ?」
「それはあたしたちにもわからないよ。あたしたちはとにかく安心して暮らせる場所がないかと思って移動しているだけだから」
「わたしたちはアミュール王国には見切りをつけたからラムダ公国か他の国に行ければいいんだけど……」
カリナとフィーネはそう言って表情を曇らせる。
カリナとフィーネの目には自分たち難民に目を光らせるラムダ公国の軍人たちの姿が目に映っているがその表情は固い。
今のラムダ公国の態度は難民に対して敵対的ではないもののだからといって積極的に保護しようという様子もないことは誰の目から見ても明らかだった。
(数人程度であれば何とかなるかもしれないけど……)
勇馬はフィーネたちと別れて腕を組みながら人気のない場所をブラブラと歩いた。
一人になってこれまで自分が感じたこと、ひっかかっていたことをひとつずつ整理していく。
エリシアやフィーネたち数人であれば勇馬の持つクライスへのコネからラムダ公国の市民権くらいは何とかすることができるだろう。
しかし、今が大丈夫だからといって今後も未来永劫この国が安心できるとは限らない。
勇馬もまさかアミュール王国がこんな状態になるとは思いもしなかった。
国だ王だとはいっても一夜にして亡びることもある。
まさにこの異世界では一寸先は闇だ。
そしてそれは自分たちにも言えることであった。
(自分の街、自分の国か……)
この異世界で本当に信用できるものというものが一体どれほどあるのか。
勇馬は自問自答を繰り返す。
(本当に信用できるのは自分だけだよな……)
幸い自分にはこの異世界を生きていくための神具であるマジックペンがある。
やり方次第で何とかなりそうだ。
そして他にも考えなければならないことがある。
勇馬の脳裏に先ほどカリナたちから聞いた話が再生された。
人族の国では亜人種や混血種に対する扱いは軒並み不安定だ。
というのも人族の国では亜人種は積極的に自国民とは認められていないからだそうだ。例えばアミュール王国においても亜人種はその存在が黙認されているに過ぎない。
いつ自分たちに、アイリスにその火の粉が飛んでくるかと思えば正直気が気ではない。
少なくとも自分とその周りの者たちを守る必要がある。
そのためには、その手段として力を持つということは選択肢と排除することはできない。
その点に関して勇馬は妥協をする気はなかった。
それだけではない。
勇馬にとって亜人種は異世界の象徴だ。
むしろ亜人種であるエルフや獣人がいてこそ、その世界は異世界であると言ってもいいだろう。
この世界にも獣人の国やエルフ、ドワーフといった亜人種の国は勿論あるもののそれぞれが離れて交わらないというのではやはり面白くない。
ここ最近、自分の生活に余裕が出始めた勇馬はこの世界に来たからこそできることをしたいという気持ちも徐々に芽生えつつあった。
日本で普通に生きていれば、いや仮に日本を飛び出していたとしても自分の街を、ひいては国を持つということは絶対にできなかっただろう。
「よしっ! 決めた!」
勇馬は周りに誰もいない荒野の真ん中で天を仰ぐと自分に言い聞かせるかのように大きな声をあげた。




