15 いざこざ
クライスから打診を受けてから数日。
未だ正式な回答をしていなかった勇馬はそろそろクライスに回答しなければと思いながらも実際にはすることができないまま毎日を過ごしていた。
普通に考えれば勇馬が赤の他人の尻拭いをする必要などない。
理屈では勇馬もわかっていた。
しかし、いざそうしようとすると『本当にそれでいいのか』とどこからともなくもう一人の自分の声がする。
勇馬はやはりまだ踏ん切りを付けることができていなかった。
「何か外が騒がしいな」
いろいろと考え込んでいた勇馬の思考を乱すような喧噪が外から聞こえてくる。外のあまりの騒がしさに勇馬は顔を顰め思わず一緒にいたエクレールの顔を見た。
エクレールは勇馬の視線に気付くとその首を横に振る。
「ホントに騒がしいわね。何かあったのかしら?」
そのとき、外に出ていたクレアがテントに戻って来た。
「主殿、どうやらまた別の難民の一団がやってきたようだ」
「なるほど、それでか……」
「それで今回来た難民なんだけど、小耳に挟んだところ、主殿が以前住んでいたメルミドの街からの人たちもいるみたいだよ」
「なんだって!?」
勇馬は驚きの声をあげると居ても立ってもいられず思わず外に出た。
新たな難民の一団がいるという場所に向かう途中、ラムダ公国調査隊の本部テントの前を通ると、昨日以上に慌ただしい様子なのが勇馬の目から見ても一目瞭然だった。
新たな難民の到着に本部テントも人の出入りが激しくなっている。
勇馬はちょうど新たな難民たちに対応するという担当者がいたのでお願いして同行させてもらうことにした。
一兵卒が大佐の階級章をつけている勇馬に頼まれて断ることができるわけがなく、まぎれもなく職権濫用である。
異世界からやってきた勇馬にとってこの世界に故郷と言える場所はない。
しかし、これまでの中でどこの街が一番印象に残っているかと問われれば、それは最初に住むことになったメルミドの街と答えるだろう。
異世界の街とはいっても人口はそれなりにいて、みんながみんな勇馬の顔見知りではない。
むしろ知らない人たちばかりのはずだ。
それでも少なくない数の知り合いがいる街の話ということもあり、難民の中にたとえ知り合いはいないとしても勇馬は直接話を聞きたいと思ったのだ。
新たに到着した難民たちは数百人規模の大きな集団だった。
その集団の近くには難民たちとは毛色の違う多くの荷馬車が列を作っている。
初めて見るその存在に勇馬は首を傾げた。
「あの人たちは何でしょうか? どうも難民ではなさそうですが……」
「ああ、あれは商人ですよ」
「商人!?」
話を聞くと、難民の一団に商人が随伴して必要な物資の売り買いをするということがあるらしい。
だいたいが難民たちの足元を見る法外なレートでの取引であるためトラブルも多いという話だ。
商人側も屈強な護衛を揃えていて荒事に備えているという。
「それは大変ですね……」
異世界の世知辛さとともにどんな状況でも商売をしようとする商人の逞しさに勇馬は呆気にとられてしまった。
歩いているとあちらこちらで物を売り買いしている商人と難民の姿が目に入る。
「本当に商売をしているんですね」
「ええ、商人にとっては稼ぎ時ですから」
担当者の兵卒は忌々し気にそう言った。
そんな中、一際ひとだかりのできている場所から何か大きな声で言い争っているような声が聞こえてくる。
「騒がしいですね」
「何かトラブルでもあったんでしょうか?」
難民たちのトラブルについても把握し、必要があれば収める必要がある。
勇馬は担当者を伴って人だかりができている場所へと向かった。
「離して下さいっ!」
そんな中で騒動の中心となる辺りからはっきりとした女性の大きな声が聞こえる。
その声に聞き覚えのあった勇馬は過去の記憶を揺さぶられ、思わず身体が動いた。
「大佐殿!?」
担当者の驚きの声を後ろに聞きながら勇馬は難民たちのひとだかりを掻き分けて騒動の中心へと向かう。
そこには一人の女性とその女性の手首を掴む商人らしき中年の男がいた。
女性の方は見間違えることはない。
一時期毎日のように会っていた長い茶色の髪にスカイブルーの瞳の女性。
「……エリシア、さん?」
勇馬はメルミドの付与魔法ギルドで受付嬢をしていた彼女の名前を呟いた。
その声に女性は声の主である勇馬の方へと顔を向ける。
「ユーマさん、ですか?」
付与魔法ギルドの注目の若手であり、エリシア本人は勿論、他のギルド職員からも注目の的であった勇馬の顔をエリシアが忘れるはずもなかった。
それ以上に特徴的な黒髪、黒目ということもあり、疑問形で勇馬の名前を口にしながらもエリシアは目の前の軍服姿の男が勇馬であることを確信していた。
いったいどのくらいぶりであろうか。
こうして二人は当初想像もしていなかった場所でこうして再会することになった。




