14 罠
クライスから突然自分の街をつくらないかとの打診を受けた勇馬は混乱の極致にあった。
「急にそんなことを言われましても……」
いきなり自分の街だ国だと言われてもピンとこない勇馬にクライスは続けた。
「きみが提供してくれるエリクサーを我が国で買い取り、その代金で街づくりに必要な物資を提供しよう。街の住民となる難民たちの食糧などもそこから出せばいい。街づくりに必要となる人員についても兵士から技術屋まで必要となる人員を提供することもできる」
「…………」
「きみを街の代官とし自治を認めること、将来きみの国として独立を認めることについては書面にしたって構わない。文字通り一国一城の主だ。きみの街、きみの国になる」
「…………」
クライスは言葉を重ねるがあまりのスケールの話に勇馬の思考は追いつかない。
「直ぐに回答しろとは言わないができるだけ早く頼む。今の状況への対処方針が大きく変わるからね」
「もしも断ればどうなりますか?」
勇馬の言葉にクライスは一つ大きく頷いた。
「断ってもきみ自身には何の不利益も与えないことは約束しよう。きみとの関係はこれまで通りだ。さっき言ったとおり、ときどきエリクサーを出品してもらうという条件でうちの国で好きに活動して構わないよ。ただ、これだけは伝えておかなければならない」
「なんでしょう?」
「我が国は今後アミュール王国からの難民に食料の支援はできない。難民たちすべてを国内に受け入れることもできない」
「!?」
ラムダ公国は小さな国である。
国土の広さ、人口ともにアミュール王国に比べて大きく劣る。
今後どれだけ増えるのか予想できない難民を受け入れることはとてもではないができるわけもない。
だからこそクライスは勇馬に伝えた。
「わたしはラムダ公国の代官としてこの国とこの国に住む者たちを守る義務がある。そのためには他国の者たちを見殺しにすることもやむを得ないと考えている」
「…………」
「ご主人様、お帰りなさい」
黙って自分のテントに戻ってきた勇馬にエクレールはそう声を掛けた。
「ご主人様、どうしたの? 何かあったの?」
いつもとは違う勇馬の様子にエクレールが勇馬の顔を覗き込む。
勇馬の表情はエクレールがこれまで見たことのないほど引き締まった真剣な凄みを感じさせるものだった。
「……ちょっと二人に相談したいことがあるんだ」
勇馬は離れたところで黙って見ていたクレアを近くに呼ぶと二人にさっきクライスから言われたことを話して聞かせた。
その前提として自分はポーションだけでなく、エリクサーも作ることができるということを具体的なところはボカシて伝えることになった。
「……信じられないことばかりでちょっと考えが追いつかないわね」
「それはわたしも同感だ」
エクレールもクレアも勇馬の話を聞き終わると茫然としてしまった。
そしてたっぷりと時間を掛けてようやく絞り出すように言葉を吐き出した。
エリクサーという二人の運命を大きく変えることになったアイテム。
それを勇馬は自由に用意できるというのだからその衝撃は計り知れない。
しかし、今の話は新たに将来国になるかもしれない街をつくるかどうかというさらにスケールの大きな話だ。
「エリクサーの話は取り敢えず置いておいて街をつくることについてどう思う?」
「ご主人様がわざわざ見ず知らずの難民たちのためにその受け皿を作るというメリットははっきりいってないわね」
「そうだね、正直これは罠だろう。結局、難民対策を主殿の負担で解決することと同じだしね。公国にとっては新しくできる街や国はアミュール王国や帝国に対する防波堤になるから防衛上のメリットにもなるのだろう」
二人の意見は申し出を受けることに対して消極的なものだった。
勇馬自身も二人に言われるまでもなくそのことに気付いてはいた。
そしてできれば面倒事は遠慮したいという気持ちもある。
それならば直ぐにでもクライスに断りの連絡をすればいい。
しかしそうは思いながらも勇馬はなかなか踏ん切りを付けることができなかった。




