9 非常招集
それから2週間。
勇馬は午前中は軍務としてポーション作りや武具への付与業務を行い、午後からはアイリスたちの訓練を眺めたり、ときどき付きあうなどして過ごしていた。
クレアからは「主殿も最低限度、自分で身を守る必要がある」と言われて思いがけず剣術訓練を課されてしまい、奴隷のアイリスが姉弟子となるというややこしい関係になってしまった。
魔法の方は、中断していた授業が再開されてアイリスがまた少しずつ腕を上げていった。
「大佐殿! 緊急事態です!」
そんな午後の昼下がり、突如として勇馬の自宅庭に駆け込んできたのは、いつもの御付きであるべラム軍曹であった。
「いったい何ごとです?」
「話はあとです! とにかく司令塔へお越し下さい!」
勇馬は急いで軍服へと着替えると直ぐに馬車へと飛び乗った。
「諸君、非常招集申し訳ない」
司令官のアルベルトは一言だけ謝罪すると、すぐに今回の核心へと入った。
「難民か……」
幹部たちの表情は一様に暗い。
アルベルトの話によると、本日午前、レンブラム要塞からアミュール王国との国境付近に警邏に出ていた小隊がアミュール王国側からの難民の集団を発見したということだ。
その集団はラムダ公国へ向かって進んでおり、一両日中にはこのレンブラム要塞に到着
するだろうという予測だ。
このレンブラム要塞は、ラムダ公国の国境管理の要ではあるが、ここが国境となっているわけではない。
レンブラム要塞は山と山との間にあり、要はこの要塞内部を通過しないとラムダ公国内に入れないという地形を生かした関所なのである。
実際の国境はこの要塞よりも外側にあり、要塞と国境との間は事実上の緩衝地帯となっている。その場所は原野で人が住んでいる街や村はない。
既にラムダ公国の公主宛てには連絡のための伝令兵が向かっており、公主の判断を仰ぐことにはなっている。
しかし、それまでに難民は到着するだろうからそれまでにどう対応するかについて協議をすることになった。
幹部会議ではいろいろな意見が出された。
国境侵犯に対しては武力でもって追い返すべきという意見、人道的見地から特段の攻撃を受けない以上は武力を使うべきではないという意見。
何らかの手助けをするかどうかについても他国民に施しをする必要はないというものから、自国に取り込むことを踏まえて何らかの恩を与えるべきというものまでさまざまだ。
現代地球とは異なり、国境侵犯とはいっても国境線は厳密に決められているというよりは大雑把なものであり、さらにその周囲には何もないことも多い。
現時点で実害はないということで国境侵犯に対しての迎撃はとらず、その集団の情報を収集するということになった。
一番懸念されるのは難民に偽装してのラムダ公国内部への侵入を図ろうとしているのではないかということだ。
いくらアミュール王国が帝国と交戦中であり、そんな最中に他国への軍事行動をする可能性はほぼないとはいえ、まったくのゼロとまでは断言できないため、その可能性も踏まえての対応だ。
一団の構成員の性質によっては戦闘となる可能性も踏まえてある程度の武装をしてということになっている。
会議では取り急ぎ調査隊が編成されることになり、アルベルトの指示で一個中隊が派遣されることになった。
「ユーマ、ちょっといいかな?」
「なんでしょうか?」
会議がそろそろ終わるという頃、突然指名された勇馬はその場で立ち上がる。
「きみたちはアミュール王国出身だろう? 難民はアミュール人だろうから同郷の者がいれば緩衝役になるかもしれないと思うのだがどうだろうか?」
調査隊にはある程度の後方支援隊が随伴するということになっていて、勇馬は思いがけずその支援隊への参加を打診された。
「私の従者もアミュール出身の者ばかりです。何かお手伝いできることがあるかもしれませんので参加させていただきます」
勇馬は個人的にも会議で情報として聞くよりも実際にアミュール王国から逃れてきた人たちから現地の状況を聞けるかもしれないと思ったこともあって二つ返事で参加を応諾した。
軍事対応は時間との勝負だ。
調査隊に参加することが決まった者たちは会議の終了後、すぐに会議室を飛び出し準備へと入る。
勇馬も急いで自宅へと戻ると準備を始めた。
「それで俺についてきてもらうメンバーだけど……」
勇馬には二人ほど護衛の同行が認められた。
その中でもアイリスは、奴隷としてアミュール王国に連れて来られたという立場である一方、エクレールとクレアはアミュール王国出身であり、既知も多いということを踏まえ、今回の勇馬の護衛としてエクレールとクレアの2名が同行することとなった。




