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8 訓練

「主殿、少し相談があるのだが?」


 自宅に戻るとクレアがそう切り出してきた。


「うん? いったい何の話?」


 クレアによると冒険者としての勘がにぶらないよう、自宅の庭で訓練をしたいとのことだった。


 勇馬の自宅の庭には広くスペースがとられている。


 これは軍の高官が屋外パーティーを開くことを想定しているからであり、それだけの十分なスペースが確保されていた。


 クレアは訓練の一環としてアイリスと打ち合いたいと言う。勇馬の側で聞いていたアイリスは二つ返事でその話を了承した。


 クレアも足が治ってから勇馬の護衛として同行することはあっても冒険者として身体を動かすことは少ないため身体を動かしたいようだ。


「ふふっ、クレアはこれまでの分を取り戻したいみたいね」


 クレアと勇馬とのやり取りを見ていたエクレールが目を細めながらそう言った。


 その表情は憑き物が落ちたかのように慈愛に満ちている。


 エクレールも人生の重荷を下ろしてようやくゆとりが出て来た様子だ。


「そういえばアイリスの魔法の授業は途中だったよな?」

「あっ、そう言われてみればそうね。もし希望するなら続きをするわよ?」


 アイリスに二人から視線を向けられる。


「私としては教えていただけるのであればありがたいですが……」

「よし、じゃあ決まりね!」


 こうしてアイリスはクレアとは剣術の稽古を、エクレールとは魔法の修行の続きをすることになった。


 勇馬は修行を見学しようと自宅の中から長椅子や簡易なテーブルを持ち出した。

 自宅パーティー用にと用意されていたもので、簡易的なパラソルの様なものもあったためみんなで協力して持ち出し庭のすみに設営した。


 見学席を用意するとまずはクレアとアイリスが模造剣を使った打ち合いをする。

 以前見たクレアの足をかばいながらの動きとは違い、今は逆に足を生かした機動力を使った動きでその違いに勇馬は驚いた。


「クレアは元々機動力を生かした攻撃が持ち味だもの。まったく変わってなくて安心したわ」

「まるで踊っているような身のこなしだな」

「でもアイリスちゃんも負けてないわよ」


 エクレールの言うようにアイリスも負けじと身体を動かしながらクレアの動きに肉薄する。


 クレアが男役で二人で社交ダンスを踊っているかのようであった。




「ふ~、いい汗をかいた」


 クレアが額の汗をぬぐいながら見学席へとやってきた。


「お疲れ様クレア、よかったら風呂に入っていいぞ」


 現状、主人である勇馬が常に一番風呂であるのだが、勇馬がこだわらなくてもいいと許可を出した。


「それじゃあ、お言葉に甘えようか。それとも主殿も一緒に入るかい?」

「……いや、やめておくよ」


 勇馬は背筋にゾクッとするものを感じてクレアからの提案を断った。


「そうかい? ふふっ、わたしはいつでもいいよ」


 クレアの意味深な言葉を振り払って勇馬はアイリスに声を掛ける。


「次はどうする。魔法の練習をするか?」

「いえ。少々疲れましたので後にしていただけると……」


 アイリスも飛ばし過ぎたクレアに付き合ったためか疲労の色がみえる。


「じゃあ、どうしようかしら? ご主人様に改めて魔法の基本でも教えましょうか?」

「そうだな、今度こそ以前のリベンジをしたいな」

 

 勇馬はそう言うとエクレールと共に見学席から庭の中ほどへと向かった。





「ぐぬぬぬぬ」


「ご主人様、力み過ぎよ。力を入れてもどうにもならないわ……」


 相変わらず勇馬は魔法を使うことができなかった。


「ご主人様って付与魔法や補助魔法を使えるのよね? どうしてこんな簡単な魔法が使えないのかしら?」


 エクレールが不思議そうに首をかしげる。


「……やっぱり教える人が」

「何か言ったかしら?」

「いえっ、何でもないであります!」


 勇馬はびしっとエクレールに敬礼して姿勢を正した。


 こうして自宅での午後の時間は穏やかに過ぎていった。

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