4 双爆
翌日も勇馬は仕事へと向かう。
この日はクレアとエクレールが勇馬の護衛だ。
昨日と同様に午前中で仕事が終わったので昼には仕事場を出ることになった。
「相変わらずご主人様は仕事が早いわね」
「いや、エクレール。そんな一言で片づけられるレベルではないぞ」
エクレールは魔法使いなので特に武具への付与を頼むことはなかった。
一方、クレアは剣士ということもあって冒険者時代は剣への付与を依頼していた。そのため、勇馬の仕事の異常さを理解することができた。それでも付与師の世界の細かいところまではわからなかったため、かなり優れた付与師という漠然とした理解でしかなかった。
これまでは移動はベラムが御者をする馬車での移動だったが勇馬も自分の足で要塞内にあるいろいろな場所を見て回りたいという希望があった。そのため、昼食を幹部用食堂でとると馬車を断り、歩きで移動することになった。
「平日だけど結構人がいるね」
「軍は安息日に関係なくローテーションでの休暇だから今日非番の兵たちが出てきているんだろうな」
クレアの疑問に勇馬が返す。
勇馬の推測通りこの要塞では平日か安息日かで差し当たっての違いはない。
兵士とはいえ人間なので休みは当然必要である。
そして戦争となればいつ命を落としてもおかしくはないシビアな職場であるため休みの日は全力で楽しもうとする者たちもそれなりの数いる。
そういった者たちの需要に応える娯楽施設が要塞内にはそれなりの数存在する。
酒、ギャンブル、女。
御用商人が何でも用意して手ぐすねを引いて待っている。
これが普通の街であればならず者がやらかすリスクがあるのかもしれないがこの要塞内部では軍の規律の中にあるためサービスを提供する側としてもありがたい面があるようだ。
勇馬は昼間から酒を飲む嗜好はないし、ギャンブルにも興味はない。
娼館に興味がなくはないが、娼館で童貞を捨てる気はないため行くつもりもない。
ということで勇馬たちは普通の商店を見て回ることにした。
この魔力のある世界では必ずしも筋力が優れているだけで優秀な兵士となるわけではない。当然のことながら魔法使いの兵士もいるし、魔力で身体強化もできる。
そのため、要塞内の男女比は、男女同権、男女共同参画の掛け声のある現代日本と比べても女性の比率は高い。
もっとも、それでも基本的に男社会ではあるためどうしても街を歩く非番の兵士は男性が多い。
「おい、あれ『双爆』じゃないか?」
「ん? おっ、ホントだ。確かに『双爆』だな」
前から歩いてきていた非番であろう私服の兵士二人が勇馬の、正確には勇馬の後ろを歩いている護衛を見てそう言った。
(双爆?)
聞きなれない言葉に勇馬が首をひねり、後ろの護衛二人に視線を送った。
クレアは何とも言えない表情で苦笑いし、エクレールは心なしか頬が赤い。
(この反応を見るとエクレール絡みか?)
まあ、今はいいかと街歩きを続け、3時のおやつにカフェで甘味を食べた後、要塞内の自宅へと戻った。
「で、『双爆』って何なんだ?」
勇馬はみんなの集まった自宅ダイニングで早速そう切り出した。
「……まあ、早い話がわたしのあだ名、二つ名ね」
「二つ名!」
勇馬の内心としては『異世界厨二キター』というものだったが、敢えて表情には出さない。
エクレールはBランクの冒険者。しかもAランクに昇格間近とも言われていたほどで冒険者全体から見れば上位に位置する。実力も折り紙付きであるため二つ名がついても不思議ではない。
「で、何で『双爆』なんだ?」
「エクレールは炎というか爆発系の魔法をよく使うからね。その中でも一度に左右の手から二つの火炎球を出す魔法を得意としていたことからその名がついたらしいよ」
あくまでもクレアが足を怪我して一線を退いた後のことなのでクレアとしても伝聞での話のようだがレスティの冒険者の間では有名だったようだ。
「そうなんですか。てっきりその無駄に大きいアレからつけられたのかと思いました」
アイリスが両手で自分の乳房を下から支えるかのようなポーズをとった。
「あっ、アイリス。それは……」
「まあ、ホントのところ、それも含まれているらしいのよね。いわゆるダブルミーニングってやつね」
エクレールが何とも言えない表情を浮かべて吐き出すように言った。
エクレール自身があまり好んでいないこともあってかレスティの街では耳にはしなかったがそれだけエクレールが魔法使いとしては名が通っていたということだろう。
「アイリス、エクレールのは決して無駄ではない!」
勇馬が斜め横の発言をして4人の視線を浴びる。
「……主様は大きい方がいいんですか?」
アイリスがじとっとした視線を勇馬に向ける。
「いっ、いや。どちらがいいとか上とかいう話ではなくてだな。それよりもどうしてここの兵士がエクレールの二つ名を知ってるんだ?」
勇馬による強引な話題転換にアイリスはムスっとした表情を隠さないが勇馬はそれを見ないふりをした。
「ああ、それは冒険者をしていた者が兵士になることが結構あるからだろう」
冒険者は良くも悪くも実力主義。
自分の腕一本で多くの富を稼ぐことができるかもしれない一方、何の保障もない。
そのため冒険者として芽が出なかった若者や引退した者が兵士となることも多い。
このレンブラム要塞はレスティに近い場所にあるだけあってレスティで冒険者をしていた者もそれなりの数いるということだ。
「それを思えばご主人様の奴隷って立場は気が楽ね」
「そうだね。自分で考える必要がないからね」
本来であれば奴隷という立場はその主人によっては過酷な環境になるのだろうが、今のところ勇馬は無理難題を奴隷に押し付けることもなければ何をさせるわけでもない。
正直、エロいことをしたいのはやまやまだったがチキンな勇馬がそんなことを言い出せるわけもなかった。




