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3 職務開始

 翌日、勇馬は指定された時間に自宅を出た。


 今日の護衛はアイリスとクレアである。


 自宅を出ると既に2頭だての馬車が止められていた。


 馬車の前には一人の軍服を着た浅黒い肌の男が立っていた。


 男は玄関から勇馬たちが現れると姿勢を正して敬礼する。


「大佐殿、おはようございます! 自分はベラム軍曹であります。馬車の御者を務めさせていただきます。あちらに控えておりますのはチャゴル伍長です。ともどもよろしくお願い致します」

「おはようございます。柊勇馬です。こちらこそよろしくお願いします」


 ベラムと名のなった男は年齢20代後半くらいの茶色の短髪でがっしりとした体躯をしている。まさに前線で戦ってきた叩き上げを感じさせる風情だ。


 ベラムが馬車のドアを開け、勇馬たちを馬車へと迎え入れる。


 勇馬たちがゆっくりと馬車に乗り込むと直ぐに出発した。


 馬車に揺られること5分。


 要塞内に設けられた倉庫を含めた施設が勇馬の仕事場となる。


 勇馬の作業する部屋には正面ホールからの出入り口に加えて二つの出入り口が設けられている。


 一つは、ポーションを保管する倉庫へと続く出入り口であり、もう一つは武具を保管する倉庫へと続く出入口である。それぞれの倉庫は直接外と繋がっていて中のものを運び出しやすい構造になっている。


「大佐殿、本日はどの作業からされますでしょうか!」


 御者役のベラムがそのまま製造現場の指揮も行うらしい。


「そうですね。まず、ポーションからいきましょう。すみませんが、樽をいくつか持ってきてもらえませんか」

「了解致しました!」


 ベラムは敬礼して直ぐに隣の大部屋へと移動するとそこに置かれていた空の樽を部下に指示して作業部屋へと運んできた。


「念のため言っておきますが、作業中は部屋へは入らないで下さい。また、外から覗くことも禁止します」

「はっ、了解であります!」


 勇馬はクレアを部屋の出入り口のドアの外側で見張りを兼ねて待機させた。


 アイリスには部屋の中の出入り口付近に待機させ、作業を始める。


 とはいえ、マジックペンを使った修正液の抽出とそれを薄める作業の時間はそんなにかからない。


 あまり早く終えるとさすがに不信に思われるので作業が終わった後もしばらく時間を置くことにした。

 それとともに部屋の中にポーションの原料となる薬草を並べて置くなどのカモフラージュをするという小細工も忘れない。


 先日の獣王国でのポーション作りでは獣王国側が用意したポーションの材料は一切使わなかったのでそれが丸々手に入っている。


 この大量のポーションの材料はクレアが冒険者時代にたまたま手に入れたというマジックバッグを使わせてもらい秘密裡に保管していた。今回の業務を請け負うにあたってクライスには獣王国でポーションの材料を大量に調達できたからと説明して公国側でポーション作りのための材料を用意することは不要だと伝えている。 


 勇馬は並行して武具への付与作業を行うことにし、アイリスに担当者への伝言を頼み、武具を部屋へと運び込ませることにした。


 台車で運び込まれた武具の数はおよそ100。


 強度1・3倍の単純付与を最低性能とし、それよりも強い分には構わないという指示になっている。


 勇馬は試す意味も込めて強度1・5倍の版下を作るとマジックペンを印判モードにするとペッタンペッタンと武具への付与を始めた。


 武具の入れ替えの時間を含めてゆっくり作業をしたものの30分もしないうちに作業が終わってしまった。


「アイリス、追加があるかどうか聞いてきてくれ」

「わかりました」


 アイリスがそう言って部屋を出るのを確認して勇馬は一つ息を吐いた。


 作業部屋に置かれているソファーに腰掛けると背もたれに身体を預ける。単純な作業ではあったが一気にやるとやはりそれなりに疲れる。


「まだやって欲しいものがあるようです」


 アイリスが部屋に戻ってくると同時に付与済みの武具を運び出すためにスタッフも部屋の中に入ってきて手際よく付与済みの武具を台車で運び出した。


 そしてしばらくして台車で次の武具が運び込まれてくる。


 勇馬は「これはきりがなさそうだ」と思い、今度は時間を掛けてえっちらおっちら作業を行った。


 そうして、2度ほど台車を入れ替えるころにちょうどお昼となった。


 勇馬はポーション作りが終わったことをクレアに頼んで担当者に連絡した。


 武具の方は「魔力の都合で急ぎではない限りは今日は打ち止め」と伝える。


 武具の担当者からは「本日予定していた作業はとうに終わっておりますので問題ありません」とのことであった。


 どうやら都合数日分の予定量をこなしていたようだ。


 勇馬としては、今回の仕事は定額の給与に加えて特務にあたっての歩合の報酬もあるため特に損をしたわけではない。


 しかし、付与師や錬金術師が自分の事業として活動することを考えれば割が良いとまではいえない報酬体系だった。


 それでもここまでの待遇をしてくれたクライスに免じてほどほどに頑張っていくことにしている。


 あとはこれから何かあったときに少しでも便宜をはかってもらいたいという下心もなくはない。


 初日に要塞指令官のアルベルトを訪ねた際、雑談でアミュール王国の情勢の話になった際に戦争はどうやら激しさを増しているといった話だった。


 いつその影響がこちらに及ぶともわからない不安定な政情の中では頼れる相手を一つでも作っておくことが何かのときに自分たちの助けになるだろう。


 そんな打算とともに、勇馬の新しい場所での仕事が始まった。

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