1 優秀な留守番
「レンブラム要塞……ですか?」
「そうだ。この国とアミュール王国との国境にある我が国の要衝だ。きみもこの国に来たときには途中、通っているはずだが?」
「そういえば、そうでしたね」
そうは言いながらも元々この国どころかこの世界の事情に疎い勇馬は正直あまり記憶になかった。
「それで私はそこで何をすればいいのですか?」
「うん、今アミュール王国がインペリアル帝国との戦争で混乱しているのは知っているね? こちらに混乱が飛び火した場合に備えるため、軍備を増強しているのだよ。まあ、現地での武具への強化付与とポーションの製造・備蓄。この2点をお願いしたい」
「仕事であれば対応しましょう。それでいつ行けば良いでしょうか?」
「1週間後を目途に行って欲しいと思っているが……」
「わかりました。ではそのように準備しましょう」
「ああ、そうだ。レンブラム要塞は軍事施設ということで基本、我が国の軍人でないと入れないことになっている。勿論、許可を受けた軍人を相手に商売する商人は別なのだが、きみたちは軍人個々人を相手にするわけではない。そのため形の上で我が軍の一員という身分で入ってもらいたいがそれで良いだろうか?」
「ええ、特にこだわりはありませんので構いませんが」
「よろしい。ではそのように準備しておこう」
勇馬は代官邸から約1か月ぶりに自身のパーティーハウスへと帰ってきた。
「ユーマ様、お帰りなさいませ」
「ただいま、留守中何かあった?」
「いえ、特に問題は何も」
出迎えたのはシスター服姿のセフィリアだ。
セフィリアはこの1か月、勇馬が作り置きしていたポーションの瓶詰・納品の指揮、新しく作り上げた教会組織の運営と忙しく活動していた。
とりわけ孤児たちの待遇には気を配り、ポーション製造の労働力とする一方で、孤児への教育及び衣食住の提供についても本腰を入れて取り組んでいた。
「さっき孤児たちを見たけど以前に見たときよりもかなり血色が良くなってたね」
「ええ、何事も身体が大事になりますので。土台となる身体がしっかりしていなければ何をするにしても大変ですから」
ずば抜けて頭のいい子であれば商人や文官への道が開けるかもしれないが元が後ろ盾のない子たちなので多くが肉体労働に近い仕事に就くことになるだろう。
そうするとやはり身体が丈夫かどうかや健康かということがその後の人生を左右することになりかねない。
そういった事情でセフィリアは成長期で身体ができる時期の孤児たちについては食事に特に気を配ってた。
夕食時には勇馬はその他のことについてもセフィリアからこの1か月の間のことについて報告を受けた。
「うん、よくやってくれているね」
「勿体ないお言葉でございます」
ラムダ公国は戦争が終わったとはいえ周辺国は未だ戦火の中にある。
それに加えてこの国を拠点としていた冒険者たちが再びダンジョン攻略に戻り始めていることもあってか、ポーション需要はそこまで落ちてはいない。
そういった理由でポーション価格は一時期ほどではないにしても高止まりしていて工房の収支は孤児たちにかかる費用を差し引いてもかなりの黒字だった。
「でも布教はそろそろほどほどにしていいんじゃないか?」
「いえ、これからです。これからが本番です!」
セフィリアはフンスと鼻息を荒くしてそう言い切った。
工房の収支以上に勇馬の目を引いたのはセフィリアが自信満々に差し出してきた新規信者リストなる新たに優真教の信者になった者たちの一覧表であった。
優真教では新たに帰依することになった信者を教会で登録するということをしているようで、ここ最近はうなぎ登りに信者の数が増えているという話だ。
勇馬としては一都市のごく一部で信仰される知る人ぞ知るマイナー宗教で終わって欲しいと思っていたのだが、勇馬の思いとは裏腹に今や優真教はサラヴィの街全体に広まっている。
勿論セフィリアや元聖教会のメンバーたちの熱心な布教活動の成果ということもあるが、これは国内から聖教会、ひいては隣国の神聖国の影響力を排除したいラムダ公国上層部の動きがあっての結果である。
こうして勇馬の知らないところで勇馬を神の御使いとする優真教はラムダ公国に徐々に広がることになった。
「それで帰ってきたばかりでなんなんだけど」
いろいろと言いたいことのあった勇馬だったがそれはもうなるようにしかならないと諦めることにした。
勇馬はクライスからレンブラム要塞行きの打診を受け、それに応じることを伝えた。
「では再び留守にされるということですね」
「そうなるね。また任せていいかな?」
「勿論でございます。留守はこの敬虔なる僕、セフィリアにお任せ下さいませ」
セフィリアのあまりの有能さに勇馬は若干怖さを感じたものの、準備期間の1週間に再び1か月分程度のポーションを準備してレンブラム要塞へ旅立つ日を迎えることになった。




