30 再び帰還
3日でナミルと約束した数のポーションの納品を終えて勇馬たちはラムダ公国に戻ることにした。
最後の夜には感謝と送別の宴が開かれ,勇馬たちは楽しいひと時を過ごした。
――ガタゴトガタゴト
馬車の揺れる音を聞きながら勇馬たちは一路レスティへと向かう。
別れの宴の翌朝、勇馬たちは狐人族の族都フェデレイを出発した。
周りには往きと同じく狐人族の一個中隊が護衛に駆り出され周りを警護している。
国境を越えてからの道程が心配ではあったがヴォルペからラムダ公国へ事前に連絡をしており、公国軍が迎えに来ることになっている。
これを指示したのはサラヴィの代官であるクライスである。
(いつの間にか大した待遇だな)
勇馬も薄々は感じていたが、勇馬たちの存在はクライスたちラムダ公国にとって今や重要な存在だ。
気楽ではなくなった反面、今の様にどこもかしこも戦争で政情不安な状況ではある程度権力の近くにいることに多少の安心感があった。
(万一のときはなりふり構わず逃げることができる立ち位置が理想だな)
お互いの関係は持ちつ持たれつ。
適度な距離感をどうはかるかが今後の課題だろう。
昨晩の宴でちょっと気疲れした勇馬は場所の揺れの中、うとうととしている。
勇馬は隣に座っていたアイリスの肩に頭を預けるとそのまま寝入ってしまった。
アイリスは勇馬のその姿に頬を緩ませた。
そうしていると獣王国とラムダ公国との国境に差し掛かかる。
そこには事前の打ち合わせどおり、ラムダ公国側の警護を担当する一団が待っていた。
勇馬たちが乗る馬車は御者だけが交代し、そのまま移動を続けることになる。
念のためクレアが外に出て獣王国側と公国側との引き継ぎに立ち会い、安全を確認した。
「……んん、んあっ?」
「主様、お目覚めですか?」
ラムダ公国に入ってしばらく進むんだところ勇馬は不意に目を覚ました。
「主様、よだれが」
「ああ、ありがとう」
勇馬は口元をぬぐってくれたアイリスに礼を言うと、う~ん、と伸びをして姿勢を正した。
「今どのへん?」
「公国に入ってしばらく進んだところです。もうすぐ宿泊予定の村に着く予定です」
この日一日でサラヴィに着くことはできない。
往きとは違い馬車での移動であるため進むペースも自然とゆっくりにならざるを得なかった。
この日は途中の村で一泊し、翌日、再び馬車に揺られて進む。
そうして夕方前にはダンジョン都市サラヴィに到着した。
「……何かすごい人が並んでいるな」
サラヴィの街の門に向かってものすごい人数が行列を作っている。
これは、隣国であるアミュール王国が帝国と戦争となったことからアミュール王国側からラムダ公国側へと人が移ってきたことが大きな原因である。
行列を待つのであればかなりの時間がかかるところだが、勇馬たちは軍というこの国の公的組織の護衛で移動しているVIPである。そのため、行列とは別の窓口で特段の手続きなくフリーパスで門を素通りすることができた。
(いけないな。こんな待遇を受けていてはダメになりそうだ)
小市民勇馬は一人権力の甘い蜜と密かに戦っていた。
しかし、周りの誰もそのことに気付くことはなかった。
サラヴィに到着してその場で下車し解散とはならなかった。
軍の護衛はとある場所まで勇馬たちを誘導する。
当然ながら到着した場所は代官邸であった。
(ああ、帰還の報告をしろということね)
勇馬はその意味を瞬時に悟った。
代官邸に入ると、護衛の4人を控え室に置いて勇馬は一人クライスの元へと案内された。
「ご無沙汰しています」
「おお、ユーマか。よく無事に帰ってきてくれたな」
だいたい1か月ぶりくらいに会うクライスは一見すると特に変わりがないように見える。
しかし、よくよく観察すると、目の下にうっすらとではあるがクマができており、肌の状態も若干荒れ気味のようで疲れが溜まっているように見えた。
「閣下、お疲れですか?」
「んっ、いや、わかるか? ここ最近隣国の情勢がひっ迫していてな。まあ、その話もしておきたいとは思っているが…」
神聖国との戦争では戦場が公都の方が近く、指揮もガルム公が執っていたためクライスは後方支援程度の仕事で済んでいた。
ところが今回のアミュール王国と帝国との戦争では、アミュール王国との国境に近いこのサラヴィのトップであるクライスが主となり対応にあたっている。
ラムダ公国は公都フォミルとダンジョン都市サラヴィの二つが大きな街であり、柱だ。そんな都市のトップであるクライスはこのラムダ公国ではかなりの高い地位にあるということだ。
「それでお話とはなんでしょうか?」
「うん、帰ってきたばかりで申し訳ないが、ユーマにはこの国とアミュール王国との国境にあるレンブラム要塞に行って欲しいのだ」
少しゆっくりしたいと思っていた勇馬だったがそんな彼に安息の日はなかなか訪れそうもなかった。
第2部終わりです
次話から第3部です




