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26 特別な供応

 勇馬は毎日600本のポーションの納品を続け、8日目の夕方、納品されたポーションの累計は4800本になった。


 当初の想定よりも早いペースで納品されるポーションを見てルナールは喜びとともに緊張を感じていた。


 獣王国側が最低限確保したかったポーションは1か月間で9000本、そのうち5000本以上を納品した後に発生する報酬がある。ルナールによる勇馬への『特別な供応』だ。

 つまり明日以降、ルナールは勇馬から求められればそれを拒むことはできない。

 ルナールも既に覚悟を決めていたつもりではあったがいざその状況に直面するとやはり戸惑いはあった。


 そして9日目の夕方。


 ルナールは前日と同じ600本のポーションの納品を確認した。


「…………」


 ついにこのときがきた。


 ルナールは緊張で口の中がカラカラに乾いていた。



 ルナールは基本、勇馬たちと寝食をともにしている。


 建前は勇馬たちの世話係であるが獣王国側からすれば監視の意味合いが強い。

 いつもは食事が終わり入浴してから就寝という流れである。風呂に入る順番は勇馬が最初であり、最後がルナールとなっている。

 

 この日、ルナールが入浴前に台所の片づけをしていると勇馬がルナールに近づいてきた。


「就寝前、俺の部屋に来て下さい」


 ルナールの耳元でささやくように告げられた言葉は、ルナールにはとてつもなく大きな声に聞こえた。





 ――こんこんこん



「どうぞ」


 夜遅い時間に勇馬の部屋をノックする音に勇馬は間髪入れずに入室を許可した。


「……失礼致します」


 部屋へ入ってきたのは真っ白な襦袢を身に纏った狐耳の少女。


 風呂上りであることが遠目からもわかるほど薄茶色の髪の毛はしっとりとしていて、色白の首すじから頬にかけてほんのりとピンクに色づいている。


 ベッドに腰を掛けていた勇馬は手振りでルナールを呼んだ。


 勇馬はルナールが近くにまで寄ってくると自分の隣に腰を下ろすよう指示する。


 それから2時間、勇馬は狐耳の少女を思う存分好きにした。






 この世界では多くの者が寝静まる時間、アイリスは勇馬の安全を守る護衛当番のため、勇馬の部屋の入口へと向かった。


 ちょうどアイリスが勇馬の部屋の入口に着いたのと同時に勇馬の部屋から出て来たのはルナールであった。


 白色の襦袢は汗を吸ってしっとりとしていてわずかに着崩れている。ルナールの髪の毛もくしゃくしゃと乱れていて纏まりを欠いていた。


 何よりも彼女の顔はほんの直前まで何かがあったことを示すように上気して赤くなっている。ルナールはおぼつかない足取りで数歩だけ歩いたが、その間も膝をぷるぷると震わせてまともに歩くことができなかった。

 ついにはアイリスの前で腰砕けとなって廊下にへたり込んでしまった。


「ルナールさん!?」


 突然へなへなと座り込んだルナールにアイリスは思わず叫び、すぐに駆け寄った。


「だっ、大丈夫です……」


 その場で女の子座りをしたルナールは息も絶え絶えにそう返した。


 彼女の疲れを表す様に彼女の狐耳もぺたんと伏せてしまっている。


 ルナールはアイリスに手を借りて何とかその場に立ち上がろうとするもののやはりその足元はおぼつかない。


「……肩を貸しましょう」 


 アイリスがそう提案するとルナールは「お手を煩わせてしまい申し訳ありません」とお礼を言ってアイリスに身体を預けた。



 ルナールの部屋に着くまでの間、2人は無言だった。

 

 元々、アイリスとルナールにはこれまであまり接点はない。


 あくまでも勇馬を挟んでの関係でしかなく、最初の挨拶以外では、家事を行う際の最低限度の事務的な連絡をするだけであった。


 ルナールの様子を見て、アイリスは勇馬の部屋で行われていたことが想像できた。

 

 アイリスも勇馬に付き従う者として今回勇馬が受け取る報酬については把握している。このルナールからの供応が報酬の一つであることも。


 奴隷という商品、つまり物として売られたアイリスは同じく物として他人に弄ばれる立場のルナールに当初は共感する気持ちを抱いていた。


 しかし、今アイリスがルナールに感じているのはそういった感情ではない。


 それは寂しさであり嫉妬でありそして苛立ちであった。

 



 ルナールを部屋へと送り届けるとアイリスは再び勇馬の部屋の前に戻ってきた。


 アイリスは勇馬の安全確認を理由にこっそりと部屋へと入る。


 部屋の中は既に灯りは点いておらず、暗闇に包まれていた。


 アイリスは魔法で左手の指先に小さな灯りを燈すと勇馬の寝ているベッドへと近づいた。


「すーっ、すーっ」


 ベッドからは規則正しい寝息が聞こえてくる。


 勇馬の寝顔を覗き込むと何とも満足した緩々な表情をしていた。


 アイリスはそんな勇馬の表情に苛立ちを覚えると、右手で無造作に勇馬の鼻を摘まんだ。勇馬が一瞬「ぐがっ」という音を出したがアイリスがすぐに右手を離したことから勇馬は目覚めることなく再び元の規則正しい寝息へと戻った。

 

「異常はありませんね……」


 アイリスはそう言って静かに勇馬の部屋を出た。


 アイリスの心はちょっとだけスッキリしたものの心には直ぐにドス黒い靄がかかってしまった。


 ちなみに護衛当番の交代に来たエクレールはその時に見た『目が笑っていないアイリスの薄ら笑い』に背筋が凍ったと後日回想している。

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