17 停戦
勇馬たちがラムダ公国とレガリア神聖国との戦線近くで布教という名の兵士の救護を続けて2週間。
元々数のうえでは不利であった公国側は傷病兵がことごとく前線に復帰したことでその戦線を押し上げることに成功していた。
兵の数の不利を補えただけでなく、前線に復帰した兵士たちはみな神の奇跡を授かった自信をもっており意気揚々としていた。
また、兵士たち、特に前線に復帰した傷病兵を中心に聖教会から優真教への鞍替えが相次ぎ兵士たちの中で聖教会に帰依している者は元々強固な信仰を持っていた一部の者にとどまる程度であった。
「いったいどうなっているんだ! 話が違うではないか!」
レガリア神聖国の国王であるロバールの執務室。
この部屋の主は戦況を伝えに来た官吏に対して苛立たしげに怒鳴った。
「もっ、申し訳ございません、直ぐに戦線を押し上げてご覧に入れますので今はどうかご容赦を……」
「まあまあ、ロバール殿。ここは相手が一枚上手だったというだけのこと、獣どもとの戦線においては優勢というではありませんか。ここはもう少し見守りましょうぞ」
怒り心頭のロバールを諌めたのは、この度聖教会の新たな教皇に選出されたプリヴァ―レ1世である。プリヴァ―レ1世はソファーに座ったままカップの紅茶を口にしながら落ち着き払った態度でそう言った。
「猊下がそうおっしゃるのであれば……、しかし当初の計画とは大幅に狂ってしまいましたぞ。本来であれば彼の国は直ぐに降伏し、我が国の先鋒として獣王国を二方面から攻めるはずでしたのに……」
「あの国にも我が教会の信者は数多くいますゆえ、じきに内部から崩れますでしょう。今ひと時の辛抱でしょうぞ」
「しかし、彼の国に送り込んだ密偵からの情報によると彼の国では今、『優真教』なる邪教が広がりつつあるとのこと」
「その様な邪教を信じる者は多くはありますまい。大方、戦の負けの原因をそちらに求めようと大げさに報告しているのではないですかな?」
「確かに、それは考えられることではありますな」
大組織のトップが必ずしも思慮深いとは限らない。
神聖国においては王家の世襲ゆえに、そして聖教会においてはちんけな権力闘争には秀でていてもそれ以上のことができる保障はない。
残念ながら今のこの戦争は、無思慮の者たちによって安易に起こされてしまった不幸なのである。
そして神聖国はそれ以降、まったく戦況を覆すことができないままラムダ公国との間で停戦を迎えることになる。
「きみたちのおかげで上手く戦争を終わらせることができたよ」
レガリア神聖国とラムダ公国との間の戦争は停戦後、国家間交渉によって正式に戦争は終結した。
サラヴィの代官邸にはラムダ公国防衛の功労者と言ってもいい勇馬とセフィリアが労いとして呼ばれていた。
「私は錬金術師としてポーションを卸しただけです」
「わたくしもわたくしの信仰のために布教をしただけですわ」
「ははっ、それならそれでいい。一応、戦争は終わったことになっているがまだまだ予断を許さない状況だ。我が国としてはいざというときに備えてポーションを備蓄することになった。卸してもらう数は減るだろうがこれからは相場で買い取るので引き続きお願いしたい」
「わかりました」
「それから我が国としてはセフィリア殿が布教されている宗教を後押しさせてもらうことになった」
「まあ! それは素晴らしいことですわ!」
元々ラムダ公国は聖教会の総本山のあるレガリア神聖国の隣国ということもあり聖教会の教えを信仰する者が多数存在していた。
それは今回のレガリア神聖国との戦争に際してはそれが大きなマイナスに働いた形だ。
聖教会の信者たちはレガリア神聖国に刃を向けるラムダ公国の為政者を糾弾し、戦争においては獅子身中の虫であった。
ラムダ公国では元々信教の自由が保障されており、特定の宗教を国教にすることもなければ優遇することもなかった。
しかし、今回の戦争の反省として国内における聖教会の勢力を削ぐということは確定した方針となっている。
それに加えて、セフィリアの興した『優真教』を事実上優遇することで聖教会の占める割合を更に減らしたいという思惑もある。
(保護されるということは一見してメリットだけど取り込まれないようにしないといけないな)
勇馬はセフィリアのように単純に喜んだわけではない。
今まではこの国とは利害関係が一致していたため上手く付き合ってこれただけであり、今後もこれまでの蜜月が続く保証はない。
戦争の終わりはまた新たな関係の始まりでもあった。




