表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
172/226

13 説法

「みなさん、世界は今危機に瀕しています!」


 この言葉から始まったセフィリアの説法は彼女の鈴の様な声と相まって人々の耳目を惹きつけた。


 セフィリアは懇々と説く。


 自分は聖教会のシスターであったものの聖教会の教えと現実に疑問を抱いたことを。


 そのうえで今の聖教会の差別的な思想や、弱者をないがしろにしながら意味のない戦争を続けるその愚かさを糾弾する。


 そして自分が信じる神の教えを、そしてその神から使わされた御使いの存在を、偉大さを高らかに語った。


 元々聖教会への帰依が乏しい者に対しては興味を多いに引くことができた。


 しかし、この国においても聖教会に対して今なお帰依している者はそれなりの数存在する。



「そんなに言うんなら証拠を見せてみろ!」

 

 セフィリアに憎悪の声をぶつけるのは熱心な聖教会の信者か、はたまた戦争の不安で苛立っている捌け口を探しているただの市民か。


 1人がそう口にしたとき我も我もと同じようなことを言い出す者たちが辺りに溢れた。


「それではどなたでも構いません。病でも怪我でも神の奇跡が必要な者をここへ連れて来なさい。あなた方は神の奇跡を目にすることになるでしょう」


 自信満々にセフィリアがそう宣言した。


 するとそこらの若者がどこからともなく1人の男を連れてきた。


 ぼさぼさの頭に薄汚れた顔にところどころが破れたボロ布といってもいい服を着た裸足の男だ。


 人ごみをかき分けてセフィリアの前に連れて来られたが、そのあまりの臭いからか人垣が一斉に割れた。


「こいつはこの辺りで乞食をしている奴だ。見てのとおり右腕はないし、目もつぶれている。足も不自由でどうしようもない奴だ」


 若い男は乞食の臭さに鼻をつまみながらそう言い放った。


 周りの者たちの表情からどうやらこの乞食はこの界隈でも有名な者らしいことがわかった。


 周りの者たちが口々に「たしかにこいつを何とかできれば奇跡だな」とか「神なら何とかしてやれよ」と囃し立てている。


「わかりました。では貴方、神に、そして神の御使いであるユーマ様に祈りなさい。これまでの自分を捨てて、その身を捧げると祈り誓いなさい。そうすればあなたに救いの光が与えられるでしょう」

 

 乞食の男は訳も分からず連れてこられたが空腹でまともな思考もできない状況だ。セフィリアに言われるがままにセフィリアの足元で跪き祈る形をとった。


 その刹那、セフィリアの手から光の奔流が周囲に走った。


 セフィリアがただ光が出るだけの発光魔法を発動するその間に隠し持っていたエリクサーを霧状に噴射して目の前の乞食に振り掛けた。


 そして周りの人々が一瞬光から目を逸らし、再びその目をセフィリアの前に跪く乞食に向けるとその様子が一変していた。


「あれっ? 俺の……俺の右手がある、俺の右手が! 見える、目が見える!」


 乞食の男はそう叫ぶと跪いたまま自分の両手をまじまじと見つめた。


 そしてふと目の前に立っていたセフィリアの足を視界にとらえる。

 

 そして跪いたまま顔を上げてセフィリアの顔を仰ぎ見た。


「信じます! 信じます! 俺……私は神と神の御使いユーマ様を信じこの身を捧げます!」


 乞食は再び平伏すると大声でそう叫んだ。


 その様子を周囲で見ていた人々は声を出せないまま唖然としてその様子を見ていた。


 そして次第に我に返った者たちが口々に話始める。


「右腕が生えたぞ」

「潰れていた目が治っている……どうなってるんだ」


 この乞食はこの界隈では有名な乞食である。


 だからこそセフィリアのしたことが口裏合わせのペテンではないことが、目の前の出来事が真実であることを十分理解することができた。


 この世界、エリクサーというアイテムがあることを知る者もなくはないが、それは王侯貴族や大商人が運よく入手できる大変貴重なものであることも当然知られている。

 そのため、そんな貴重なアイテムをどこの誰ともわからない者のためにタダで使うなどと考える者は誰もいない。


「……奇跡だ」

「神の奇跡だ」

「本物だ!」


 その囁きは瞬く間に伝播した。


 元々聖教会に疑問を抱いていたもののそれに代わるものを見いだせていなかった者に、新たに帰依できる何かがないかと心の片隅で無自覚ではあるものの求めていた者たちに目の前で起こったことは効果覿面であった。


「この奇跡の体現者に風呂と清潔な衣服と食事を与えなさい。そうすればその者にも神は恩恵を与えるでしょう」


 セフィリアがそう言い放つとさっきまで生ごみ扱いだった乞食に人々が殺到した。


 我先にと人が集まり、あっという間に乞食の男は連れて行かれた。身体も治ったことだしこれからはきっと仕事の一つでも見つかり真っ当な生活ができることだろう。


「聖女様、わたしにも奇跡を!」

「病気で困っている家族がいます。私たちにも救いを!」


 人というものは現金なものである。


 奇跡が本物と分かれば態度を豹変させてなりふり構わず救いを求めてくる。



(しかしそれも人の業)



 セフィリアはそれもそれとして受け止め周りに宣言する。


「奇跡を求める者は神に、御使い様に祈りなさい、そして誓いなさい。さすれば奇跡は与えられるでしょう」


 こうしてダンジョン都市サラヴィはダンジョン都市としてだけでなく、優真教の最初の奇跡が起こった街としても知られることになるのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ