11 決断
勇馬の顔色を伺うクライスは内心勇馬がどんな反応を示すのか興味を持っていた。
以前に有能な付与師として招いたときにはそつのない対応をしながらも普通の若者といった感じであった。
しかしその後の活躍を見ればただの若者であるはずがなかった。そんな男が今回の話にどう回答してくるのか楽しみでもあり不安でもあった。
クライスとしてもポーションの原料高騰は当然把握している。そのため戦争前の価格据え置きとかそれよりも下げろという無茶までは言うつもりはなかった。勇馬が圧力を嫌いこの国から出ていってしまえばその時点で終わりだからである。
しかし、クライスもやり手の為政者である。商人ではないものの最初から自分のカードを全てさらすことはしない。原料高を考えれば錬金ギルドを通さない取引とはいってもクライスの提示した条件では普通利益はほとんど残らないだろう。交渉の常としてクライスは戦争前の3倍までなら直ちに交渉をまとめる腹積もりだったし4倍程度で収まるのであれば正直御の字だった。
ただもしも勇馬がこちら側の状況を慮って敢えて自分の提示した条件に応じてくれるのであればさらに見返りを与えることは考えていた。
一方勇馬は別のことを考えていた。
神聖国とラムダ公国、どちらを応援したいかといえば当然ラムダ公国だ。
今の聖教会と神聖国は人族至上主義を掲げていて亜人を差別している。勇馬は獣人たちを色眼鏡で見るという感覚はない。そして何よりも危惧されることはその様な差別主義が広がればハーフエルフであるアイリスにもいい影響はないことが予想された。
亜人の中にはエルフは含まれていないとされているが差別主義が広がるといつその解釈が変わるとも限らない。元々種族間のハーフに対しては今でさえ差別的な反応がある以上、これ以上ひどい状況になることは勇馬にとっても望ましくはない。
勇馬には可能であれば積極的にラムダ公国を応援したいという動機があった。
そして勇馬はこれまでの取引で正直、しこたま稼いでいる。さらに言えば勇馬はポーション作りで他の錬金術師のように仕入れなければならない高騰しているポーションの材料というものはない。
そして勇馬は決断した。
「わかりました。ではポーションを戦争前と同じ価格でお売りしましょう」
「……はっ?」
クライスは勇馬の発言の意図が理解できなかった。
優に数秒の間を置いてクライスがゆっくりと口を開く。
「いえ、もし本当にそんな条件で売っていただけるのであればこちらとしては願ったり叶ったりですが……本当にいいのですか?」
クライスが思わずへりくだる口調になるほどの驚きであり然しもの男も予想外の展開にすぐには平常心には戻らなかった。
「ええ、男に二言はありませんので。ただし、すべて貴国で消費するものとし転売は禁止させていただきます」
「それは勿論です」
「それでは納入する数はどの程度を……」
こうして勇馬とクライスとの間で納めるポーションについての詳細な話が続いた。
「それでは明日から。納品についてはうちの者が受け取りに行きますのでよろしくお願いします」
「ええ、それでは今日のお話は以上で?」
「んっ、んんっ……実は1つ確認をさせてもらいたいことがあったんだが。いやもう聞く必要はなくなった」
クライスはようやくいつもの自分の調子を取り戻しながらそう零した。
「そう言われると気になるんですが?」
「じゃあ端的に聞くけどきみは聖教会の関係者だろうか?」
「なぜそのような話に?」
勇馬は首をひねりながら答えた。
「報告によるときみは聖職者の格好をしてダンジョンで聖印を施していたと聞いていてね」
「ああ~」
確かにダンジョンの12階層でセフィリアに勧められるがままにそういうことをしたことはある。しかしそんなことまで把握しているというクライスに勇馬は驚いた。
「信じてもらえるかどうかはわかりませんが、私は聖教会とは何の関係もないです。付与師として光属性の付与もできるのですが普通の方は光属性の付与イコール聖職者による聖印という思い込みがあるようなのでそれに合わせたというか……」
「いやもうそれは信じるよ。そもそも聖教会とつながりがあるんだったら我が国が神聖国と戦争を始めた時点できみはポーションを錬金ギルドに納めないだろう。既に神聖国への納品を禁止して我が国に納めさせていたことは当然把握しているだろうからね。勿論、カモフラージュという可能性もあるかもしれないけど今回の取引でそんな可能性はゼロだとわかったからね」
そもそも勇馬が聖教会のスパイであり聖教会とのつながりを隠すのであれば聖職者の格好をすること自体が自殺行為である。その他にもクライスは勇馬については9割方シロであると思っていたが今回の取引成立で完全にシロであることを確信した。
「ポーションの取引のときにどうして先にその話をされなかったのですか? その話を最初に持ち出されていたらもっと有利に交渉できたと思いますが」
クライスとしては勇馬にスパイ疑惑をほのめかして自分に有利な条件を半ば強制的に飲ませることもできたはずだ。
しかしそれをクライスはしなかったことに勇馬は疑問を抱いた。
「私自身、今日きみが来る前からきみはまずシロだろうと思っていたからね。それにそんな脅迫に近いようなことをして無理やりきみと今回の契約を結んだとしても恐らく次はないだろう。それは却って長い目で見たら損失だと思ったんだよ」
それ以上にこの場では条件を飲んだふりをされて夜逃げでもされたら目も当てられない。
この街で大量のポーションを供給している勇馬が去ればポーションの確保は相当難しくなることはクライスも十分に理解していた。
それに加えて今回の取引での勇馬からの提案でクライスはさらに勇馬に興味をもった。
ただのお人好しかそれとも稀代の傑物か。
クライスは少なくともしばらくの間はこの男との関係は良好にしておくべきだと胆に銘じた。




