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10 取引

 レガリア神聖国とラムダ公国との戦争が始まってもサラヴィの街が直ぐに混乱に陥るようなことはなかった。


 サラヴィはラムダ公国でも南側にある街でありアミュール王国との国境に近い街である。


 ラムダ公国の公都フォミルの方が神聖国との国境に近く、サラヴィが直ぐに戦火に包まれるということは考えられなかった。



「主様、どうされますか?」


「まあ、いつもどおりで」


 これまで勇馬が錬金ギルドに卸していたポーションは戦時特令により敵国である神聖国への流通は禁止され、全てをラムダ公国が強制的に徴収するという。


 一般の錬金術師たちは原料を仕入れてポーションを作っている。


 原料の一大産地は獣王国のさらに森に入った場所であり、獣王国が物流を封鎖していることから流通そのものが大幅に止まっている。そのうえ帝国とアミュール王国との戦争から国をまたいでの原料輸送が難しくなっておりラムダ公国では原料価格が高騰している状況である。そんな原料を使って作ったポーションは当然安くはなくラムダ公国の国庫を圧迫することは時間の問題であった。


 勇馬としてはこれまでどおり稼げるのであれば稼ぐというスタンスではあるがこのままだとラムダ公国はもたないかもしれない。神聖国とラムダ公国とではその国の規模、すなわち国力には大きな差がある。神聖国が獣王国と交戦中であるという事情を差し引いても難しいだろう。


 そうして開戦の話を聞いて数日が経った。


「主殿、代官殿の使いという方がいらっしゃったが」


 勇馬が部屋でアイリスとのんびりしているとクレアがやってきて来客を告げた。


「流石に早いね、予想以上だ。会うよ」


 ラムダ公国が神聖国と対等以上にやりあうためには少なくともポーション確保に必要以上の支出をしないことが必要であろう。そしてこの街の代官クライスがぼんくらでなければ戦争が始まってからも戦争前と同じ水準で納品をしている自分に間違いなく目を付けるはずだと勇馬は予想していた。


 1階のリビングに使者をとおした勇馬はしばらくして姿を見せた。


「これはこれは、代官様の使いの方とはいったいどのようなご用でしょうか?」


「急な来訪申し訳ない。サラヴィ代官クライスより手紙を預かってまいりました、是非ご協力を賜りたいとのことです」


 勇馬は差し出された手紙を開封しすぐに目をとおした。


「わかりました直ぐにお会いしましょう」


 勇馬は護衛としてセフィリアを伴い代官の使いとともに馬車に乗り込み代官邸へと向かった。






「急な呼び出しに応じてもらってすまないね」


 代官邸に入って以前通された部屋へ案内されると代官のクライスが勇馬を出迎えた。今日の護衛役であるセフィリアは隣の控え室にとおされたためこの部屋には勇馬だけが入室した。


「ご無沙汰しています。今日はいったいどの様なお話でしょうか?」


 クライスに勧められるままにソファーに腰掛けた勇馬は単刀直入に尋ねた。


「きみは優秀な付与師だと思っていたけどが補助魔法使いとしても錬金術師としても優秀らしいじゃないか?」


 勇馬のしている商売を全て把握しての発言に勇馬は背筋を正して答える。


「ありがとうございます。若輩者ではございますが運良く商売をさせていただいています」



(さすがにできる人だな。俺がポーションだけでなく補助魔法でも稼いでいることは把握済みか)



 移動工房では付与師としての仕事にはギルドの監視があるため付与魔法ギルドへの上納金や税金はきちんと納めている。それに加えて補助魔法使いや錬金術師としての仕事分についても税金をごまかすことなく申告・納税をしているので為政者であるクライスが知っていたとしても不思議ではない。


 しかしたった一人の商売人のことをピンポイントに把握するということは勇馬にとっては驚くことであった。

 もっとも突然税金の徴収額が大幅に増加し、それがたった1人の男からのものであると分かれば普通は目が向いて当たり前なのだ。


「それで今日来てもらったのはきみの作るポーションを錬金ギルドを通さず直接我が国に卸してもらえないかという話をしたくてね」


「一応条件を伺っても?」


「今のポーションの価格は戦争前の5倍の価格にまで吊り上っている。正直このままの状態でポーションを調達すると国庫が傾く。こちらとしては戦争前の2倍の価格で調達したいと思っている」


「2倍ですか……」


 勇馬からすれば錬金ギルドを通さないことで錬金ギルドの手数料分だけ実入りは入る計算になる。


 しかし、根本的な価格差からトータルでは大幅な減収は避けられない。


 これが普通の商取引であれば本来話にもならない取引である。


 そのためクライスからは金銭以外の条件、この国の市民権やら商業上の各種特権の付与といった提示もあった。


 もっとも、それらはこの戦争後にこの国が残らなければ無価値となるものだし、勇馬にとっては飛びつく様な利権ではない。


 そのことをクライスは理解しつつも目の前の若い男の回答を待った。

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