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8 特需

 獣王国と神聖国との戦争が始まって1か月。隣国であるラムダ公国での生活にも影響が出ていた。


「物価は軒並み値上がりしていますね」


 家計の収支について週に1度勇馬に報告しているアイリスが戦争による家計への影響について簡潔にそうまとめた。勇馬たちの生活に必要となるものは奴隷頭であるアイリスが買い出しや手配をしておりそのあたりのことには一番敏感である。


「ポーションも大きく値上がりしたしな」


 原料高と戦争の拡大及び長期化によってポーションの価格は戦争前に比べると大きく上昇した。


 初級ポーションで2倍、中上級ポーションで3倍に大きく跳ね上がった。当然勇馬が卸すポーションの買取金額も連動するので勇馬としてもポーション作りにより力を入れている。


 勇馬のポーションは勇馬の魔力から現状いくらでも作ることができる。


 しかし、ポーションを瓶に詰めるという作業は思った以上に手間がかかることからそこがネックとなりつつあった。



「ただいま戻りました」


「おかえり」


「セフィリアさん、おかえりなさい」


 外から帰ってきたセフィリアを皆が迎えた。


 セフィリアは少し前から2、3日に1度の頻度で街の孤児たちに炊き出しをしていた。


 戦争が始まって聖教会から孤児たちへの食事の提供が打ち切られ、孤児たちの生活状況がひどくなっていったことをセフィリアは見過ごせず、自腹を切って食事の援助を始めたのだ。始めはパンを配る程度のものであったがセフィリアの活動を見ていた聖教会の若いシスターや司祭見習いたちが1人、また1人とセフィリアの活動に協力するようになった。


 これは聖教会としての公式な活動ではなく、あくまでも聖教会に所属する各人の個人的な活動である。


 組織としての聖教会が戦争にかかりきりになったとはいっても組織に所属する者、特にサラヴィの街の教会に所属する者たちにとっては目の前の孤児たちを見捨てるということには強い心理的抵抗があったようだ。


 こうして今は孤児たちに炊き出しをして何とか飢えさせない程度の食事を提供している状況である。


「浮かない顔をしているけど何かあった?」


 顔色のさえないセフィリアに勇馬がそう問いかけた。


「はい、今は皆が費用を出しあって何とかできていますがこれからのことを考えるとどこまで続けられるかと思いまして。若いシスターや司祭見習いの方たちも元々収入が少なかったところに戦争が始まってさらに少なくなったそうですので」


「なるほど、個人レベルでの援助だと自ずと限界が来るということだな。サラヴィの街では何か援助をしてくれないんだろうか? 元々孤児のことは本来街がすることだと思うんだが?」


「街は孤児の保護については聖教会に委託しているという立場のようですわ。その費用分として聖教会への税金を大幅に減額しているようです」


「でもやることをやっていないのであれば街も文句を言っていいと思うけど」


「聖教会は神聖国とつながりが深いですから。ラムダ公国の公主レベルであればまだしもこの街の代官とはいえなかなかそういうわけにはいかないでしょう。元々領主や貴族はよほど問題にならない限りは孤児にそこまで関心を払いませんし」


「孤児たちにも何か仕事があればいいのかもしれないけどな」


「知識も信用も後ろ盾もない彼らがまっとうな仕事に就くのは簡単ではないですから」


 セフィリアと話をしていて勇馬はふと思いついた。


(ポーションを生み出すこと自体は俺じゃないとできないけど瓶に詰める作業は俺がやる必要はないよな。しかも瓶に詰めて錬金ギルドに運ぶ作業なんて特別な知識も技能もいらないし……)


 勇馬は早速セフィリアに自分の考えていることを話した。


「流石は御使い様です。彼らに仕事を与えて糧を自分で得られるようにとの思し召しですわね!」


 早速勇馬は借りていた宿を引き払い、1階である程度の作業ができるスペースのあるパーティーハウスを借りることにした。


 並行してセフィリアには勇馬のところで仕事をするつもりがある孤児たちを集めてもらうことになった。


 そうして集まった孤児たちは20人。


 下は5歳から上は十代前半で種族もヒト族だけでなく獣人もいる。

 

 勇馬は表には出ずに作業についてはこれまでに孤児たちと面識のあるセフィリアに指揮を任せることにした。


 勇馬は予め3種類のポーションを作ってそれぞれ大きな樽に入れておいた。それを孤児たちに瓶に詰めるという作業をしてもらうことになる。


 孤児たちには道具屋から買い付けた大量の瓶をまずは洗浄してもらい、乾かしてからポーションを瓶に詰めるように指示している。


 勇馬は人手が多くなったことから作るポーションの量をかなり増やすことにした。


 これまでは瓶に詰める作業を自分でしていたし、そこまでお金が必要ということもなかったことから作る量については成り行きに任せていた。


 しかし、孤児たちに仕事を与えるという意味が出てきたことからそういうわけにはいかない。勿論、市場の動向を見て受給バランスを崩すような商品供給はするべきではないのでその辺りについてはコントロールする必要はあるかもしれないが。


 勇馬はセフィリアと話をして子どもたちには午前中から午後の早い時間までは仕事をしてもらい、仕事が終わった後はこの場で勉強を教えてはどうかと提案した。いつまでポーション作りの仕事をすることができるかは未知数なので将来に備えて孤児たちが自立して自分で食べていけるだけの力をつける機会があった方がいいと考えたからだ。


 こうして勇馬のパーティーハウスはポーション工場となり、しばらく続く戦争の特需に沸くことになる。

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