2 奴隷頭
「わたくしは御使い様の僕。いわばみなさんと同じ奴隷の様なものですわ。みなさんがわたくしにへりくだる必要は一切ありません」
セフィリアの言葉にクレアとエクレールが顔を見合わせた。
「ではセフィリア殿と呼ばせてもらうよ。セフィリア殿、その『御使い様』というのは一体何なのだろうか? セフィリア殿がレスティの教会を辞められたのと何か関係が?」
「勿論大ありですわ。ユーマ様は神の分身であり、神の御使い様。ユーマ様の意思は神の意思といっても過言ではありません。ユーマ様の言うことは絶対ですわ」
「あまり答えになっていないわね。クレアが聞きたいことはどうしてセフィリア……さんがご主人様を『神の御使い様』と言われているのかということじゃないかしら」
「もう! 今までどおりセフィリアと呼び捨てにしていただけませんこと? 気持ちが悪くて仕方ありませんわ!」
「……わかったわ。じゃあ、そうさせてもらうわね」
いつもの調子にはまだまだ遠いようでエクレールは静かにそう答えた。
「それよりも主殿のことだよ。何があったんだい?」
「話せば長くなりますが……」
セフィリアが話したのはレスティの街にいるときの騎士団の依頼に応えて大量の武器に短時間に施した聖印のことについてである。ただ、勇馬が縦横無尽にマジックペンを振るっていた間の大部分についてはセフィリアは疲労困憊で眠っており、セフィリアが見たのは勇馬が部屋の中を縦横無尽に動き回っていた姿だけである。
「わたくしが魔力を使い切り、昏倒してしまったそのとき、どこからともなくユーマ様がいらっしゃいました。ユーマ様は神から分け与えられた不思議な力を振るわれ、部屋中に神気を満たし、瞬く間に武具に聖印与えられたのです」
実際セフィリアは意識がもうろうとしてその目に映るものもおぼろげであったことから正直勇馬が何をしていたのかを正確に視認できていたわけではない。
そのため、セフィリアの中ではこのようにまとめられたようである。
「いまいちよくわからないが主殿がすごいことをしたというのはわかったよ」
「ユーマ様に仕える者がその様なことでは困りますわ。そもそもあなたに使ったエリクサーだってユーマ様が凡百の冒険者や平民であったのなら到底お持ちになられるものではありませんでしょう?」
「そう、それよ! ユー……ご主人様、あのエリクサーは一体どちらで手に入れられたのですか? ダンジョンでもかなり深いところからしか入手できないはずですし、そもそもエリクサーは強制出品アイテムです。自分で使うためにダンジョンから持ち出すことは禁止されているはずです」
エクレールの言葉にクレアの表情が若干曇ったのがわかった。
ひょっとすると違法に持ち出されたものかもしれないという危惧はクレアにもあったのだろう。
アイリスが何か言いたそうな目をしているが勇馬は首を横に振った。
「そのうち言えるときが来たらそのときにみんなにも話そうと思う。だけど今は待ってもらえないかな? ただ、エクレールが心配するようなことは一切ないよ。誰からも後ろ指を指されることはないからそれは安心して欲しいな」
その言葉にクレアもわずかに安堵の表情を浮かべる。
エクレールも納得できないという表情ではあったが、セフィリアの「これこそが神の御力ですわ」という自信に満ちた声に「そういうことにしておくわ」と話は終わった。
「それで話は変わるけど、これから一緒に生活をすることになる以上、いろいろ話をしておこう。細かい諸々についてはアイリスに中心となってやってもらおうと思う。つまりアイリスが『奴隷頭』ということだね」
「それは当然ですわね」
「主殿に従うまでです」
「ふふっ、アイリスちゃんが奴隷頭ね、アイリスさん……アイリス様と呼んだ方がいいかしら」
だんだんと調子が戻ってきたのかエクレールが楽しげな声色でそう言った。
「いえ、皆さんに『さん付け』とか『様付け』とかされると居心地が悪いです。私もですが皆さんがお仕えするのは主様にであって私にではありません。私たちお互いの関係は奴隷になった順番は抜きにしてこれまでどおりでお願いします」
「わかったわ。じゃあこれからよろしくお願いしますね、先輩♪」
「だからといってそういうのはどうなんですかね、後輩!」
エクレールとアイリスは相変わらずな様子ではあるものの、これから始まる関係はきっと良いものになるだろうと勇馬は根拠はないもののそう思った。




