16 商談
翌日の夕方。
勇馬は指定された時間よりも早く奴隷商館にやってきた。
クレアも一緒に来ており、彼女には商館内の別室に待機してもらう手筈である。
奴隷商館に入ると従業員から応接室に案内された。クレアのことは供の者だと告げ、商談には同席させないので隣の部屋に控えさせて欲しいと伝えると問題なく了承された。
勇馬が案内された応接室のソファーに座っていると約束の時間の5分前、エクレールは2人の中年の男と応接室に入ってきた。
エクレールは喜怒哀楽の抜け落ちた能面の様な表情をしている。他の2人の中年の男は営業スマイルなのか作った笑顔を浮かべていた。
「お待たせしました。わたしはこの商館のレスティ支部の支配人オルフェンと言います。こちらは商業ギルドの鑑定士です」
エクレールと一緒に部屋に入ってきた中年男の1人がそう口を開き、その隣の男が軽く会釈をした。
「初めまして、ユーマと言います」
勇馬は立ち上がって頭を下げた。
関係者全員が揃ったところでテーブルを囲むソファーに腰を下ろした。
「ユーマ様、本日はあなた様がお持ちのエリクサーとのお取引ということで間違いありませんね」
「はい」
「では、まずそのエリクサーが本物であることを確認させていただきたい。ご存じだとは思いますがエリクサーは大変貴重なアイテムです。それを騙った偽物も非常に多いと言われています。まずはそれが本物であるという確認ができなければこれからの話はその前提から崩れます。こちらの男は商業ギルドに所属する鑑定士です。この街では一番の目利きであり、わたしたちとは一緒に来ていますが公正・中立の立場であることは保証されています。まずは鑑定をさせていただいても?」
「公正・中立かどうかは私にはわかりかねますが、彼を使うことであなたが納得できるのであればどうぞ鑑定して下さい。ただし偽物であるという鑑定結果でしたら取り敢えず今日の商談は中止にさせていただきます。私は私の方で信用できる鑑定士の方に改めて鑑定結果を検証させていただきたいと思いますので」
勇馬を嵌めてエリクサーを奪おうと思うのであれば、偽の鑑定士に偽物との鑑定をさせて二束三文で取り上げるということもあり得る。しかし、もしそのように指摘をされれば今回の取引を中止にすれば良いだけなのだ。勇馬は鑑定させることを承諾しただけでその男の鑑定結果を受け入れるとまで言ったわけではなく、損をすることはない。
勇馬は毅然としてそう言うとテーブルの上に白色の液体が入った瓶を置いた。
鑑定士は懐から白色の手袋を取り出し両手に嵌めるとテーブルの上に置かれた瓶を手に取った。
鑑定士は眉ひとつ動かすことなくじっと瓶を見つめ、しばらくしてそれをゆっくりとテーブルに置いた。
「間違いありません。本物のエリクサーです」
その言葉を聞きオルフェンは口元を緩め、勇馬は静かに軽く頷いた。俯いて座っていたエクレールは自分の膝の上に置いていた両手をキュッと握った。
「では改めて取引の確認と参りましょうか。今日の取引はユーマ様からは目の前のこのエリクサー、そしてエクレール様からは彼女自身。これらの交換というお話と聞いています。ただ、わたしが仲介する以上、ユーマ様には1点ご説明しなければならないことがあります」
予想しない言葉に勇馬は怪訝な表情を浮かべた。
「いったい何でしょうか?」
「正直申しまして、この取引は世間の相場からすれば全くつり合いが取れておりません。敢えて申しますと、わざわざその様にユーマ様にお伝えしなければならないレベルの取引となっています」
「つまり一般的な相場に照らすと私が損をする取引であると、そう忠告されるわけですね?」
オルフェンは無言で頷いた。
エリクサーは3000万ゴルド以上の価値がある超高額アイテムである。
この前のオークションでは4500万ゴルドで落札されている。
「ご心配いりません。私は彼女にはそれだけの価値があると思っています。逆にお金を出せば買えるというのであればこれほど幸せなことはないでしょう。世界にはいくらお金を積んでも買えないものはごまんとあります」
オタク分野でマイナーなものなどはいくら欲しくても中古屋にもネットオークションにも出ないものはいくらでもある。勇馬はかつて厨二病時代に経験したことからそのことは痛いほど理解できていた。
「では……」
「ちょっと待った!」
オルフェンが取引を進めようとしたところで応接室の扉が勢い良く開く。それと同時にこの部屋に飛び込んできたクレアの大声が部屋に響いた。
「クレア!?」
突然の闖入者にエクレールは思わずその名を叫んだ。




