14 密会
勇馬はレスティでは髪の毛と目の色を変え、既知の人物と会う時にはそのときにだけ色を戻すことにしている。
レスティの中心部にあるとある喫茶店。
打ち合わせや商談にも利用できる個室もあるこの店で勇馬はエクレールと会うことになった。予め二人だけで会いたいということは伝えてある。
勇馬は約束の時間よりも30分早く店に着いていた。レスティでは特にやることはないし、誘った側が遅れることは決して許されない。時間には十分に余裕を持って行動していた。
「待たせたわね」
勇馬が予め個室を予約していたこともあり、エクレールは店員に案内されて勇馬の待っていた個室へとやってきた。
「お久しぶりです。お元気でしたか?」
多少他人行儀な言葉使いとなるほどには勇馬は若干緊張していた。
一方、エクレールはいつものように飄々とした空気で応じる。
「ええ。それにしても男がレディを呼び出すだなんて古今東西話すことは1つよね。ようやくわたしの魅力に気が付くなんてちょっと遅いんじゃないかしら?」
エクレールは勇馬の反応を楽しもうと勇馬の表情に視線を集中させた。
「そのとおりですね。ではもう売れてしまいましたか?」
勇馬もエクレールとの言葉の応酬を楽しむようにそう返した。
いつもであればしどろもどろするであろう見るからに女慣れしていない勇馬がそんな小粋な返し方をしてきたことにエクレールは一瞬面喰う。
「……まっ、まあ、わたしくらいのレベルだといつでも買い手がつくわよ。でもユーマ、わたしは安い女じゃないのよ。その辺はわかってるのかしら?」
男女の機微では格下だと思っていた勇馬なんかにマウントを取られるわけにはいかない。
そう思ったエクレールは勇馬にしっかりと上下関係を教えるかのように更に言葉を続けた。
実際、エクレールは冒険者の男連中から声を掛けられるどころか結婚を申し込まれることもザラである。
しかしその都度エクレールは冗談めかしてこう言うようにしている。
『わたしは安い女じゃないの。あなたはいくらでわたしを買ってくれるのかしら?』
エクレールの事情を知らない者が聞けば「お高くとまりやがって」と陰口を叩かれることは必至である。
しかし、事情を知っている者からすればその言葉の真意がわかるだけに胸を締め付けられるだろう。
そして勇馬もエクレールのその言葉の意味を正確に理解した。
――クレアのことが解決するまでは誰のものにもなる気はない
セフィリアから聞いた話を信じていなかったわけではない。しかし、だからといってにわかに信じることはできない話だった、いや、心の奥底では信じたくはなかったという方が正解だろうか。
そんな勇馬だからこそ、エクレールの勇馬を試す様なその言葉にはこれまでのおちゃらけた雰囲気とは違う迫力を感じることができた。
エクレールのその言葉が単なる言葉遊びではないことを、そしてその真意を勇馬は明確に感じ取ることができた。
「それは勿論。しっかりと高値を付けさせていただきますよ」
勇馬は口元を歪ませるとテーブルの上に白い液体の入った瓶を置いた。
それを見たエクレールは最初は訝しげな表情を浮かべたが、瞬間、何かに気が付いたかのように目を大きく見開いた。
そして睨みつけるように勇馬の顔に視線を向けた。
「ユーマ! あなた、これ!」
エクレールの口から本人も驚くほどの大きな声が出た。
恐らくその声は扉が閉められているこの個室の外にも聞こえてしまっただろう。
勇馬はその声以上に熱のこもったエクレールからの熱い視線を無視して淡々とした表情で言った。
「これであなたを買えますか?」
勇馬の言葉にエクレールは目の前のコレが自分の想像通りのモノであることを確信する。
しかし、どうして勇馬がこんなモノを、そもそも本当に本物なのか、エクレールの胸に様々な疑問が去来する。
そのままエクレールは勇馬の目の前で黙り込んでしまった。




