7 それぞれの思い
【直近2話のあらすじ】
ダンジョン攻略を進めるアイリスたちであったが、15階層のフロアボス戦でケローネが大けがを負ってしまう。それを目の当たりにした勇馬はマジックペンの力を使い、自らを強化してフロアボスを瞬殺するが、その力を恐れたダンジョンマスターを名乗る人外と対峙することに。
勇馬はダンジョンマスターの懸念を払拭するため、過度な力を他人には使わないこと、その力でダンジョン攻略の最前線には立たないことを約束し、対立を避けるとともに、ケローネの大けがを治してもらうことができた。
そして一向はパーティーハウスへと戻ってきた。
ダンジョンマスターを名乗る男と出会った次の日。
勇馬は予定にはなかったもののダンジョンでの仕事は休みにした。
一夜明けたものの流石の勇馬も感情を整理しきれなかった。
「主様、起きていらっしゃいますか?」
いつもよりも遅めの時間ではあるがお昼に近くなりアイリスは勇馬の様子を見に来ていた。
「ああ、起きてるよ。しばらく考えたいことがあるからみんなの昼ごはんどきに合わせて下に降りるよ」
勇馬のその言葉にアイリスは「かしこまりました」と答えて部屋を出て行った。
「ユーマ様はいかがでしたか?」
1階に降りてきたアイリスにセフィリアが声を掛けた。
「起きてはいらっしゃいましたけどどこかぼんやりされていらっしゃいました。考えたいことがあるからと……」
昨日のことはアイリスたちにも大きな衝撃を与えた。
この異世界ではダンジョンというものについてはほとんど何も知られていない。
ダンジョンのフロアごとにフロアボスと呼ばれる強い魔物が出ること、それを倒せば価値のあるアイテムを得ることができ、次のより難易度の高い階層に進むことができること。深い階層に行けば行くほど高価なアイテムを手に入れることができること。
せいぜいそれくらいのことだ。
冒険者からすればダンジョンとは珍しいアイテムを得ることができる狩場というものでしかない。
この異世界においては、少なくとも人間たちにはダンジョンマスターという存在は誰にも知られていなかった。
しかし、勇馬はダンジョンにはダンジョンマスターがいて当然という態度で突然現れた男と対峙し会話していた。
その男は勇馬以外には全く関心を払っていなかった。
その事実はアイリスにとって、そしてセフィリアにとっても衝撃だった。
(主様は一体何者なのでしょうか? セフィリアさんは神の御使い様と言われていましたけど本当に……)
(やはりユーマ様は神の御使い様でした。そして昨日現れたあのお方も……。どうやら神の世界にも一筋縄ではいかない諸々があるようです。でもわたくしはユーマ様に付き従うだけですわ)
二人は静かにそう思いを巡らせた。
一方、昨日右腕を失うほどの大けがを負ったケローネはまだベッドで横になっていた。
昨日はダンジョンの入口で意識を取り戻し、シェーラに抱き付かれて泣かれたときには驚いた。パーティーハウスに戻ってからケローネは大事をとって直ぐにベッドに入らされた。
流石にしっかり眠ったため、眠気はないもののだからといってベッドから起き上がる気にはならなかった。
「ケローネ、大丈夫?」
部屋に入ってきたのはシェーラである。
シェーラは一日経って落ち着いた様子であり心配そうにケローネに話し掛けた。
「シェーラ、昨日のことだけどわたしの右腕ってどうなったの?」
ケローネの記憶では確かに自分の右腕は失われたはずだ。
そうなればどんなに高級なポーションを使ってもその状態を元に戻すことはできないだろう。
シェーラはケローネに昨日、ケローネが気を失った後の出来事をかいつまんで話した。
「やっぱりわたしの記憶は正しかったんだね。もしかして夢だったのかもと思ったけど……」
ケローネはそう言って自分に掛けられている布団をきゅっと握った。
ケローネの脳裏にはあのときのあの瞬間が記憶としてこびりついている。
「でもよかったよ。身体さえ無事であればそのうち忘れるよ。もし右腕がなかったら生活するのも大変だろうしそのたびに嫌でもあのときのことを思い出すからね」
「うん。それはわたしも運が良かったと思う」
エリクサーなどそこいらの冒険者であれば一生お目に掛かることはない。ましてやそれを使うことができるだなんて普通ではあり得ない話だ。
「ユーマさんにお礼を言わないとね」
「うん」
二人は普通に生活できることの喜びをしみじみと噛みしめた。




