3 新興宗教?
次の日。
予定どおり1階層の転移エリアで付与魔法の仕事を終えると勇馬たちは転送石で12階層へとやってきた。
「おお、何か人が多そうだな」
セフィリアの見立てどおり12階層にはそこそこの数の冒険者のパーティーがいるようだ。
入口付近にもいくつかのパーティーが野営明けの片づけをしている。先に進んだところでは遠くから戦闘をしている気配も伝わってきた。
「それではユーマ様、こちらのお召し物に着替えていただけませんか?」
セフィリアに渡されたのは白色を基調とした身体全体を覆う法衣である。
「これは?」
「何事も見た目からと申しますので」
「聖印や神のご加護をいただきたい方はこちらにお並び下さい」
シスター服に身を包んだセフィリアが周りの冒険者たちに声を掛けるとそれを聞いた冒険者たちが殺到してきた。
元々入口付近にいた冒険者たちだけでなく、奥から一旦撤退してきた冒険者たちもセフィリアのシスター服を目にすると我先にとやってきた。
「さすがに人気ですね……」
「う~ん、これはもう仕方がないと思うよ。ボクだって同じようにすると思うもん」
勇馬たちから少し離れて周囲を警戒しつつ勇馬たちの様子を遠巻きに眺めるのはアイリスとシェーラだ。
勇馬の前には冒険者の長蛇の列ができており、セフィリアとケローネが受付と列の整理をしている。
「この12階層に出るのはアンデッドばかりですからね。聖印が付与されていない武器では倒すのは大変でしょう」
「闇属性攻撃が軽減できる光の加護も効果が大きいよね」
勇馬たちがこの階層を攻略する際には武器には光属性を付与し、パーティー全員には【闇属性攻撃軽減】の補助魔法を使った。
アンデッドの攻撃は物理攻撃とはいえ闇属性を帯びているし、闇魔法で攻撃してくる魔物もいる。
「ええと聖印4つに加護6つですね」
勇馬は次々と依頼をさばいていく。
「あなたは聖教会の神父様でいらっしゃいましたか」
以前からダンジョン内で勇馬の工房を利用していた冒険者が勇馬の服装を見てそう声を掛けた。
確かに一般的に聖印の付与や光の加護については付与魔法ギルドでは取り扱っておらず聖教会の領域である。
「えっ、いえ、その……」
嘘を付くことが憚られてしどろもどろする勇馬。
「いえ、ユーマ様は神父ではございません。もっと上の尊き存在ですわ」
横からセフィリアがそうフォローした。
「なるほど。確かにその服装は神父様のものではありませんね。これは失礼致しました」
勝手に勇馬のことをもっと上のクラスの聖職者だと勘違いした冒険者がそう言って頭を下げた。
「いえ、神のご加護がありますように」
勇馬は聖教会のお偉いさんだったらこう言うだろうなとそう答えた。
「おお、勿体ないお言葉ありがとうございます! これはほんの気持ちです」
この世界、多くの人たちは神を信仰している。
それは冒険者であっても同じであり、むしろ偶然で生と死が別れることもある冒険者の方が信仰心は厚いかもしれない。
冒険者はそう言って勇馬に銀貨を差し出した。
「えっ、いえ、それをもらうわけには……」
仕事の対価として料金をもらうのであればまだしも宗教家でもないのにお布施をもらうことには抵抗があった。
「ありがたく頂戴致しますわ」
勇馬が戸惑っていると横からセフィリアが冒険者から銀貨を受け取った。
その後も勇馬は多くの冒険者に付与と補助魔法を施していった。
そしてお客が完全にさばけて辺りに誰もいなくなったところで勇馬はセフィリアに声を掛けた。
「さすがにお布施を受け取るのはまずいんじゃないか? 俺は神父でも司祭でもない。そもそも聖教会とは何の関わりもないし」
「あら、何をおっしゃっておられますの? ユーマ様は神の御使様、ユーマ様以上に受け取る資格のある方はいらっしゃいませんわ」
セフィリアは何の迷いもなくそう反論した。
(ああ……最近忘れていたけどセフィリアはこうだったよな)
最近は勇馬の呼び方も「ユーマ様」となっていたので忘れかけていたが、セフィリアは勇馬のことを神の使いと思い込んでいる。この思い込みを解くことは勇馬にはできそうもなかった。
「わかったよ。でもお布施として寄付されたものは別にとっておいてくれないかな。自分たちの生活費はあくまでも自分たちで稼いだものを使いたいから」
「御心のままに」
セフィリアはそう言って優雅に一礼した。
(お布施としてもらったものは、後日、寄付するなり慈善事業に使うなりして世間に還元したらいいだろう)
聖教会に寄付することも一応は選択肢の一つではある。
しかし、以前にセフィリアから聞いた聖教会内部の腐敗具合を聞くと、いくら聖教会に渡すのが筋だとしても憚られた。
聖教会とはいえその街その街によって様子が違うようではあるため真面目にやっている聖教会だと思えばそこにも寄付するということにした。
勇馬はこのときそれ以上の話をすることはなかった。
セフィリアの中では勇馬は相も変わらず仕えるべき神の化身である。
後日、一部の熱烈な信者から『ユーマ教』と呼ばれる新しい宗教は、この日こうして世に出たと言われることになる。




