1 開店
勇馬はダンジョンで商売をするための準備として防具を買い揃えることにした。
以前レスティに行く前に買ったブルーバイソンの革鎧はアイリスの装備として定着しているからだ。
メルミドにいたときよりも懐には余裕がある。
そこでより高級なワイバーンの革で作られた鎧を購入した。
亜種で下っ端扱いとはいえ竜種であるためお値段もそこそこであった。武器として以前から使っているショートソードを研いでもらい、以前買ったバーンリザードの小盾を用意して準備は整った。
「さて、今日から開店だ」
勇馬は朝からみんなと共にダンジョンへと向かう。思えばこうしてみんな揃って仕事へ行くというのは初めてのことだ。
「ふふ、ユーマ様と一緒にダンジョンに潜ることになるなんて思いもしませんでしたわ」
「でもユーマさんはパーティーメンバーではないですからね。私たちが護衛をするという形ですよ」
「まあでも、ここまで来たらパーティーだよね」
皆が口々に言いたいことを言う。
「まずは入口付近をベースにして商いをしたいな。その後本格的に中に入ろう」
ダンジョンの出入口の外側には露店がひしめいている。
しかし、いくらダンジョンの出入口に近いとはいえ、ダンジョンの中で商売をしている者は誰もいない。出入口にどんなに近くても魔物は出てくるからだ。
「じゃあ、ここに荷物を置くか」
ダンジョンの1階層の出入口に近いエリアに少し広い空間がある。
この場所は通称転移エリアであり、多くのパーティーがここで最後の打ちわせや準備をしてから転送石を使って目的の階層に転移している。
「えー、付与魔法はいりませんか? 上級付与師の付与はいりませんか?」
最初こそ気恥ずかしさを感じたものの商売となればやるしかない。勇馬は周りにいた冒険者にそう声を掛けた。
近くには『付与魔法承ります』というのぼりも設置した。
最初こそは遠巻きにひそひそされていたが、5分くらいめげずに続けていると1人の男性冒険者が近づいて来た。
「付与魔法ってここでやってもらえるんですか? 時間はかかりますか?」
「ええ、ここで直ぐに付与できますよ。時間は2、3分もかかりません」
「でしたらお願いします」
ダンジョンでの最初の客はC級冒険者だった。
他の国から来たばかりでギルドで付与を頼む時間がなかったらしい。
「重量軽減20%に自動洗浄ですね」
勇馬は鉄の剣を預かるとマジックペンをステルスモードにして持つ。
そして鉄の剣にいつもどおりマジックペンで書いていく。
傍からみれば至近距離から魔法を使っているようにしか見えない。
勇馬は作業を終えると冒険者に確認を求めた。
冒険者のパーティーに鑑定スキルを持つメンバーがいて、間違いないと太鼓判を押されて無事に引渡しとなった。
ギルドの定めた規定の料金をもらうと勇馬はほっと息をついた。
1人客が入るとそれを見ていた他の客もやってきた。
思いの他、付与魔法ギルドに寄らずにダンジョンに来ている冒険者が多いことに勇馬は若干驚いた。
話を聞くと他国出身者が受注拒否されているという情報が根強く残っているということがわかった。
10人くらいの客を捌いたころには転移エリアにはもう人は残っていなかった。
「よし、じゃあ場所を移すか。今度はそっちの冒険に付き合うよ」
「今日は主様が一緒ですから順にいかないといけませんね」
ダンジョンでは転送石で移動できるのは移動するメンバーが全員行ったことのある階層までだ。そのため、パーティー募集においてはこれまでどの階層まで行ったことがあるかが大きな判断材料となる。
勇馬は正式にはアイリスたち冒険者のパーティーメンバーではないが、ダンジョンにおいては同じパーティーのメンバーとして見做される。
「だったら早く進もう。低階層をうろうろしても実入りは多くないだろう? それに俺は基本戦う気はないからみんなで進んでもらえるといいな」
「それでは急ぎましょうか」
アイリスがそう言って直ぐに進もうとしたところ、勇馬は待ったをかけた。
「そういえば補助魔法を試していなかったからまずは自分に【素早さ30%上昇】のバフをかけてみよう。勿論みんなも希望があればするよ」
勇馬は自分とみんなに透明なマジックペンで次々と書いていく。
身体をペンでなぞられているはずだが不思議とそういった感触はなかった。
そして勇馬はみんなの後をついていき一気にダンジョンを進んだ。
「1階層とはいえもうボス部屋か」
迷路の構造がわかっているため一直線に進んだとはいえ進むペースは思った以上に早かった。
「ボクもびっくりしたよ」
身軽さには定評のあるシェーラも驚いている。
「それでは、ボスを倒して先へと進みましょうか」
セフィリアの音頭でボス部屋へと入り、勇馬を除く4人の活躍であっという間に1階層のフロアマスターは消滅した。




