35 打開策
「あー、どうしたものかな」
自室に戻ると勇馬はベッドに寝転んだ。
「そういえば最近マジックペンのステータス画面を見てなかったな」
これまでもレベルが上がったりスキルを得たりしてもファンファーレが鳴るわけではないため直ぐに気付くことができないでいた。
何かできることが増えれば新しいことができるかも、そう考えた勇馬は久しぶりにステータス画面を開いた。
――マジックペン(レベル3)
『生物に対してマジックペンで記載した内容の能力の強化もしくは弱体化をすることができる。属性に関する能力の強化もしくは弱体化はカラーペンを使ってすることができる。なお、付与の内容に応じた魔力を費消する』
付随スキル
アクティブ:付与鑑定(物に施された付与の状態を視ることができる)
アクティブ:印判モード(同一内容の付与を印判を押すように連続で施すことができる)
アクティブ:ステルスモード(マジックペンを他人に視えない状態にすることができる)
「おお、レベルが上がってる。新しいスキルも!」
レスティの街でもこの街でもとにかく付与を大量にこなしてきたことは間違いない。そのためそれなりの経験値を得ることができたようだ。
「しかし、この新しい能力は付与師というよりもむしろ補助系魔法使いだな」
戦闘における能力アップ、能力ダウンの魔法はこの世界にも存在する。
いわゆるバフ・デバフ系統の魔法を使うことができる魔法使いもいるにはいるがその魔法を専門に扱うという者は少ない。
多くが攻撃もしくは回復魔法を使うことをメインとしている者たちだ。
そして何よりもマジックペンを他人に視られずに使うことができるということは勇馬にとっては朗報である。これまでマジックペンの存在を知られないようにするため人前での作業は憚られたからである。
「付与魔法と補助魔法を使った商売か……あっ!」
勇馬は思わず大きな声を上げた。
「俺にもみんなにもいい方法を思いついたぞ!」
勇馬はベッドから飛び起きると直ぐに自分の部屋を飛び出した。
「ダンジョンで移動工房をしようと思うんだ」
再び1階のリビングに集まった4人を前に勇馬はそう切り出した。
「移動、工房……ですか?」
アイリスが首をひねってセフィリアに視線を送る。
セフィリアはアイリスからの視線に気付くと静かに首を横に振った。
「どうしてわざわざそんな危ないところでするのかな? 付与魔法だったら街の中でもいいし、ダンジョンの冒険者を相手にするのならダンジョンの入り口近くに引っ越してもいいと思うけど」
シェーラがそう疑問を呈した。
「ああ、これを最初に言っておかないといけなかったな。俺、補助魔法を使えるようになったんだ」
「「「「補助魔法を!?」」」」
4人が驚くのも無理はない。
いくら勇馬が対外的には付与魔法使いという魔法を使える者であるとしても補助魔法とではその魔法系統は異なるものとされているからだ。
「とはいっても能力を一時的にアップさせることくらいしかできないけどね。だからダンジョンで武具に対しての付与だけじゃなくてお客さんへの『バフ』もやろうかと思ってるんだ」
この世界でも能力上昇はそう表現されている。
流石に地球の神が長い時間探し続けてようやく見つけた世界である。
「ということはバフも受け付ける移動工房ですか?」
ケローネの言葉に勇馬は大きく頷いた。
「それに俺がダンジョンに入ればみんなも冒険者として活動できるだろう。俺の護衛の問題も解決できてちょうどいいんじゃないか?」
「ユーマ様の護衛をするために危ないダンジョンに入るだなんて本末転倒の様な気がしますが……」
「まあ、それはあくまでも商売をするためのリスクということで」
セフィリアの正論を敢えてのリスクだと押し切って勇馬は話し合いを終えた。
「移動工房ですか……」
念のため付与魔法ギルドに確認に来た勇馬の前で事務長のケインがそうつぶやいた。
「まあ、先例がないとはいえ特に禁止はされていません。中には工房を複数持つ方もいますし、工房を特定の一か所に指定する必要はありません。そもそも出張して作業することだってあるわけですから自宅を工房として届けていただいて作業は外でしているという形にもできますし」
こうしてギルドのお墨付きも得られた。
ちなみに補助魔法を使った商売について魔法ギルドに許可を得る必要はない。
魔法使いは通常冒険者として登録し、あくまでもクエストをこなす手段として魔法を使っている。
自分の魔法をどう使おうとそれは本人の勝手であり魔法ギルドはそれに関知していない。魔法ギルドは魔法使いの技能向上と魔法使いの地位向上のための扶助組織に過ぎない。
「ということで補助魔法については料金設定も自由だし魔法ギルドへの手数料も必要ないということだな」
ギルドが関係しない商売については街への届出をしたうえで売上の一定割合を納める必要がある。少額の商いであれば無届の者も多数いるそうだがまがりなりにも代官であるクライスと面識がある勇馬としてはその辺りのことをきちんとしておくことにした。
こうして勇馬は移動工房の工房主としての一歩を踏み出すことになった。
第1章終了です。




