14 葛藤
お酒は20歳になってから
勇馬が案内されたのは大きなホールであった。
長方形の長いテーブルの中央には向かいあった席が一つずつ。本来であれば多くの人数で一緒に食事をするのだろう。
「さあ、掛けてくれ。今日はうちのシェフが腕によりをかけた食事を出してくれるだろう」
「ありがとうございます、ごちそうになります」
勇馬はそう礼を言って席に座った。
「きみはお酒は飲めるかい? いろいろ用意しているから希望があれば言ってくれたまえ」
「そうですね。いつもは最初にエールを飲みますね。その後は果実酒を飲みます」
「そうか、じゃあ最初はエールで乾杯といこうか」
クライスは執事にそう目配せすると目の前にグラスとエールが用意された。
執事が2人のグラスにエールを満たすとクライスがグラスを掲げ、勇馬は慌ててそれに倣った。
「今日の良き出会いとお互いの未来に乾杯!」
「か、乾杯」
クライスの言葉に勇馬も続けて唱和しグラスを合わせた。
「それにしてもきみの活躍はコランから聞いているよ。随分腕がいいらしいじゃないか」
「いえ、私なんてまだまだですよ」
「そうかい? まあそういうことにしておこうか。仕事が充実しているのであれば私生活の方はどうだい? まだ結婚はしていないようだがいい人はいるのかい?」
「いえ、別に付き合っている女性はいません」
「なるほど、まだ若いからな。とっかえひっかえしたい時期だろうな」
勇馬は苦笑しながらその話を聞き流した。
時間が進み、お酒も回ってきてコースの食事もいよいよメインとなった。
勇馬は自分の目の前に置かれた肉料理の入った皿を給仕してくれた女性をふと見て一瞬固まった。
目の前の男はそんな勇馬の表情を見て口元にニヤリと笑みを浮かべる。
給仕した女性は若く胸の大きな女性だ。
それも身に着けているものは上下の下着同然の服とその上には身体に巻きつけているだけのシースルーの布だ。
正直下着姿そのものよりも扇情的であった。
「きみもやはり女が好きみたいだな。それもどちらかと言えばこっちが大きい方が好きなのかな?」
クライスはそう言いながら両手を自分の胸の前に出し、下から乳房を支えるかのようなしぐさをした。なるほどその手はおっぱいを表そうとしているらしい。
勇馬は「どうしてわかった!?」といわんばかりの表情でクライスの顔を見た。
「さっき、うちのメイドの胸を凝視してたろ? 隠している……いや、そもそも隠そうともしなかったのかな。まあ、視線でわかるわけだよ。同じ男だしね」
(さすがは若くしてこのダンジョン都市のトップを張るだけはある。侮れないな)
自分の分かりやすさを棚に上げ勇馬は相手の洞察力を持ち上げて仕方ないと諦めることにした。
食事が始まったころは普通にメイド服の女性たちが給仕していたはずだがいつの間にかエロイ恰好の女性たちが給仕をしていた。
着替えたのではなく担当する者自体が代っているようで今はそういう役割の女性たちが表に出ているようだ。
男性客を歓待するのであればこれはなかなかに効果的なのかもしれない。
(しかしそんなもので俺の気を引けると思ったら大間違いだぞ。俺にはアイリスがいるからな)
勇馬はそう無心を装おうとするがどうしても給仕の女性の胸をちら見してしまった。
(くっ、何てトラップだ! 視線が吸い寄せられる)
勇馬が1人で何かと戦っていると目の前の男から更に追い打ちを掛けられる。
「今給仕している者たちはみな私が持っている奴隷なんだよ。もしよかったら1人や2人進呈してもいいよ」
「ぶっ!?」
思いがけないクライスの言葉に勇馬は口の中に入れた果実酒を思わず吹き出しそうになり、ごほごほと咳き込んだ。
「ああ、それから言い忘れたけど私は彼女らに一切手を出していないよ。みな生娘だ。まあ、こうして目を楽しませてはもらっているけどね」
クライス曰く、この街のオークションでは奴隷も商品として出品されており、その出品権に絡んで奴隷商人から貢物として奴隷をもらうことがあるとのことだ。
気に入った女性はお手付きにして囲っているが、多くは普通の使用人として使っているとのことである。
一部はこうして接待の際の『贈り者』にしているようだ。
(奴隷を受け取ったら何があるかわからないしな。ただより怖いものはないともいうしできるだけ借りは作らないでおこう。この街に定住してくれとか何か頼みごとがあるかもしれないしな)
出会った当日にそういう取引を持ちかけられることはないかもしれない。
しかし、目の前の海千山千の男から何かをもらって何もないということは恐らくないだろう。
勇馬は自分の上級付与師としての力は既に周囲の耳目を集めることは理解している。
勇馬は血の涙を流しながら「お気持ちだけで結構です」と小声で答えた。




