28 別れ
遅めのブランチを食べ終えると勇馬はアイリスとともに街へと出かけた。
「アイリス、急な話だがこの街を出ようと思う」
「……私は主様に従うだけですので」
アイリスは若干の間はあったものの驚きを示すことなく淡々と答えた。
アイリスも勇馬のこの言葉は可能性の一つとして予想はしていた。
アイリスも手伝いとはいえメルミドの街にいるときから勇馬の作業の手伝いをし、付与魔法ギルドに出入りしてきた。
また、クレアによる冒険者の個人授業で冒険者が装備に施す付与についての一般的な情報も教えられている。
その結果アイリスが認識したのは我が主が付与師として非凡な才能の持ち主であるということであった。
本当は『マジックペン』の恩恵でしかないのだが勇馬が使うペンのことを魔法使いにとっての杖程度にしか認識しておらず、また他の付与師の作業を目にする機会がないアイリスからすれば勇馬の仕事の結果は勇馬の能力とイコールである。
そして今回この街を救ったと言っても過言ではない勇馬の活躍はさらにアイリスの勇馬に対する評価を押し上げることになった。
(いったい何なのでしょうか、私の主様は)
勇馬と共に過ごし始めてそれなりの時間が経つが未だにその能力の底が知れないことにアイリスは改めて感嘆した。
しかしその桁違いな能力を知れば知るだけ勇馬の素性というものが気になり始めた。
(シスターセフィリアは神の御使い様と言われていましたがまさかそんなことは……)
アイリスは無神論者というわけではない。
しかし、だからといって熱心に神を信仰しているというわけではなかった。
もしも神という存在がいるのであれば自分が過去に受けたようなひどい目に遭うことはないはずだ、本当に神という存在がいるのであれば文句の一つでも言ってやりたいとかつては思っていた。
(私は今幸せなのでしょうか?)
身分こそ奴隷というものではあるが毎日おいしい食事を3食食べることができている。
清潔な衣服を身に着け適度な仕事をしながら勉強の機会も与えられている。
少なくとも中流以上の生活であることは間違いない。
自分が不幸だと言えば罰当たりとさえ言われるかもしれない。
振り返れば全て勇馬が与えてくれた環境である。
(主様は本当に御使い様なのでしょうか……)
アイリスは勇馬の横顔を盗み見ながら答えの出ない問いに思いを巡らせた。
勇馬は街を立つ準備の一環としてアイリスの個人授業でお世話になったクレアに街を離れるという挨拶をした。
そして現在進行形でアイリスの個人授業をお願いしていたエクレールとメリスには都合により授業を終えたいとの連絡と挨拶をすることにした。
エクレールは戦後処理の一環として城壁の外で他の冒険者たちと魔石拾いの最中だった。そのため冒険者ギルドでクエスト終了の連絡をお願いしておいた。
メリスは幸い自宅にいてこれまでのお礼と別れの挨拶をすることができた。
「アイリスさん、これを」
メリスの自宅に預けてあったアイリスのメイド服を手渡された。
「まだまだお教えしたいことはありましたが少なくともそこらの者には負けることはないでしょう。あなたは優秀なメイドです、私は自信を持ってそれは断言できます」
「――ありがとうございます」
メリスの言葉にアイリスは一瞬声を詰まらせながらそう応えた。
別れ際メリスはアイリスを軽く抱き寄せ一言二言アイリスの耳元で何かを囁いた。
アイリスはメリスから離れると顔を真っ赤にさせてメリスの顔を見た。
いつもは顔に表情を出さないメリスではあったがアイリスが見たメリスの顔は満面の笑顔であった。
別れ際メリスがアイリスに更に何か話し掛けたが声が小さくて少し離れていた勇馬の耳には届かなかった。
(あの口の動きは『がんばって』かな? 一体何のことだろうな)
勇馬は疑問に思いながらその場を後にした。




