厳しい洗礼
「奥様がお呼びです」
屋敷に戻ると女中の一人が俺を案内して、奥様の部屋まで連れて来た。
「奥様、執事の伊集院さんをお連れしました」
「お入りなさい」
案内されるままに室内に入ると、この屋敷の奥様、植草逢子が待っていた。
て、金髪かよ。
「ミスター伊集院、勝手に使用人たちの配置転換をされては困ります」
奥様の横にはバカ女中もいる。何これ?
「それぞれには慣れた仕事を割り振りしているのですから、元に戻しました。貴方はまだ日が浅いのですから、あまり勝手な振る舞いはなさりませんよう」
「奥様の仰る通りです」
このバカ女中、誰のせいだと思ってやがる。
「お伝えしたいのはそれだけです。仕事に戻りなさい」
「はい、畏まりました」
俺は一礼して部屋を出た。ゲームでこの展開は辛い。畜生、あのバカ女中、絶対に追い落として俺の千代子と交替させてやる。
小野飛鳥、悪役令嬢の救済を見るまでは、絶対に負けられない。
決意も新たに俺は執事室に戻った。
持ち物欄が点滅している。何だ?
持ち物の一覧に「執事の革靴」なる道具が増えていた。
装備しますか?
答えは「はい」か「イエス」しかねーだろ。
どうやらこの革靴を装備することで、自由行動の時に街中へ出掛けられるようになったようだ。説明欄には普通開始を記念して、千代子から贈られたとある。
しかし自分自身に装備品が設定されているとは思わなかった。確認すると他にも服と手袋、帽子などが装備品として設定されている。
「開始報酬以外にも、何か特別な行事道具もあるようだな」
全部で八種類の装備品か。全部揃えないと救済経路に入れないかもしれない。道のりは長そうだ。
それにしても、収支状況を改善しようとしたのに阻止されるとは思わなかったな。
早い段階で女中頭に千代子を据えて、使用人たちの人事も握らないと破産するぜ?
あー、現実より大変な遊戯って何だよ。
「おっと、お嬢様を学校に迎えに行く時間だ」
外出の準備を整えて、行き先を決定する。本気で遊戯は楽だよな。移動も一瞬で済む。
校門付近には多くの執事たちが待ち構えていた。その中に、いた。川原雄二郎、小野飛鳥の執事だ。
「ご機嫌よう」
女学生たちが挨拶を交わす声が聞こえて来る。見慣れた顔を見て行きかけたが、彼女には別の執事が寄り添う。そうだ、今は葉室京子の執事ではなかったんだった。何か不思議な光景だな。
「うちのワンちゃんは来ているかしら?」
この声の主が、今現在仕える植草家のご令嬢、朋子さんだ。
「お迎えに上がりました、お嬢様」
「ワンちゃんはお利口さんね」
本気でこの遊戯の開発者をぶっ飛ばしてやりたい。
「それでは飛鳥さん、ご機嫌よう」
「ご機嫌よう、朋子さん」
え?
このお嬢様、飛鳥さんと友達なのか?
振り向きたいが、自動で体が動くのでそれは叶わない。
俺たちは屋敷に戻って来た。
「本日は私がお嬢様の話し相手になります」
「ワンちゃんが、私の話し相手?」
お嬢様は笑っているが、俺と話す気は全くないようだ。
千代子も自由に動かせないし、これは詰んだか?
数日間、このような状況が続き、旦那様に呼び出しを受けた。
「伊集院くん、君の頑張りは評価するよ」
千代子と並んでいる以上、これはあれだな。
「だが申し訳ないが、君たちは当家には馴染まなかったようだ。荷物をまとめて今夜中に出て行ってくれたまえ」
反論すら許されない。まあ遊戯だし仕方ない。それにしても……。
「お前はクビだ!
とでも言われると思ったのに、あんな風に言われる方が堪えるな」
荷物をまとめると言っても、鞄一つぐらいだ。勝手口で千代子と合流すると、彼女は泣いていた。
「令人さん、次こそは勤め上げましょうね」
ハンカチを口で噛みながらという古典的表現に思わず吹き出す。
「ああ、次こそは、な」
勝手口から出ると、俺の意識は現実世界に戻って来た。
「ったく」
上体を起こして頭部端末を外すと、再び寝台の上に身を投げ出した。
解雇されて思ったが、なぜ俺はあの飛鳥お嬢様を助けたいと思ったのだろう?
「酷い扱いだから?」
いや違う。それだけではないんだ。
「あの時、助けられなかったから、だよな」
目の前で波に飲み込まれた幼馴染みの女の子、もう名前すら思い出せないし、顔も明確には思い出せない。
もうあんな思いをするのはゴメンだ。
「助けられるなら、助けてやりてーよ」
拳を握って天井に向けて突き出す。今夜はここまでにしておこう。明日から、頑張ればいいんだ。
俺は手袋を外して本体の電源を切ると、床に就いた。
声の想定
伊集院 令人 小林祐介さん
伊集院 千代子 今井麻美さん
植草 朋子 田村ゆかりさん
植草 逢子 坂本真綾さん
植草 連 鈴村健一さん
女中頭 三石琴乃さん
女中 宮下早紀さん




