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現実世界で

脱字を是正しました。

報告、ありがとうございます。

「先輩、今、お時間よろしいでしょうか?」


 職場(オフィス)で「大正執事物語」の持ち主の先輩に声を掛けた。いつ見てもこの人はビシッと服装(スーツ)を決めている。


「どうした、何か悪いものでも食べたか?」

「ど、どういうことですか?」


 朝っぱらから、この先輩(ひと)は何を言い出すんだ。こっちは深刻な相談があるのに。


「その様子だと、ゲームは気に入って貰えたようで、何よりだ」

「え?」


 この先輩、何を根拠に?


「言葉遣いが良くなっている。あのゲームは自動(オート)での会話を聞いているだけでも、それなりの効果があるからな」


 そうか、上流階級の社交場での会話なんて普段の生活では全く無縁だもんな。


「それで、相談事は何かね?」

「まずは、お貸し頂いたゲームについて、ありがとうございます」


 俺は自然と姿勢を正して一礼した。確かに、以前の俺ではこのような態度はできなかったと思う。


「それで、相談なんですが、その、悪役令嬢について……」

「ふむ」


 先輩は手元の腕時計を見る。右手で眼鏡の位置を直すと、俺の話を遮った。


「その話は長くなる。そうだな、夕方は時間があるか?」

「あります、けど?」


 眼鏡越しでは先輩の表情が読めない。


「よし、では決まりだ。詳しい話は夕方にしよう。シャブ決めながらな」


 え、シャブ?

 驚いて絶句していると、先輩は携帯電話(スマートフォン)を触り始める。


「今夜の18時……、二人……」


 先輩はメールを打っているようだった。

 職場から堂々と予約するなんて、この先輩、実は恐ろしい人物なのでは。


「せ、先輩、俺、シャブは……」

「シャブは苦手か? 焙りの方が良かったなら、今からでも予約変更するぞ?」


 あ、焙りぃ?

 ダメだ、これは完璧にアレだ。


「いえ、大丈夫です。ただ、服装はこのままでもいいんですか?」

「パーティーじゃあるまいし、気楽に考えろ」


 パーティーじゃない?

 いや、フツーはお薬(シャブ)って言えばパーティーでしょ?


「それより、始業時間だ。詳しい話は夕方に聞くから、業務に取り掛かりたまえ」

「はい、畏まりました」


 反射的に旦那様へ受け答えするように返事した俺は、周囲の注目を集めてしまう。

 は、恥ずかしい。思わぬ副作用だな。


 夕方、業務を終えた俺は先輩に連れられて繁華街へ来ていた。

 いよいよお薬初体験(シャブデビュー)だ。

 繁華街の一角にある、寂れた感じの雑居ビルに先輩が入って行く。雰囲気があり過ぎて俺は生唾を飲み込んだ。

 階段で地下へ降りると、「ホースのみちびき」と書かれた看板の下がる(ドア)の前に着いた。


「ここだ」


 ここが、お薬会合(シャブパーティー)の店。もしかしたら俺の足は震えていたのかもしれない。

 店内は落ち着いた雰囲気の照明と聞き慣れない古典音楽(クラシック)が流れている。


「いらっしゃいませ、ご予約ですか?」


 明るい声の店員さんに案内されて席に向かう。足元しか見えない半個室が並んだ店内の、奥の席に着いた。


「私は生を頼むが、何にする?」

「ええと、それじゃあ……」


 お薬(シャブ)の生って何なんだ?

 ドキドキしながら、先輩から渡されたメニュー端末を見ると、至って普通の飲み物名が並んでいる。

 ん?

 あれ?


「えっと、シャンディガフで」


 先輩は慣れた手つきで注文を終えた。


「こういう店は初めてか? 力抜けよ」


 口元が笑っている。絶対に狙ってやっているに違いない。

 俺は運ばれて来た鍋を見て確信した。

 この店は、馬肉料理の専門店で、先輩は馬肉しゃぶしゃぶを頼んでいたのだから。


「先輩、わざとでしょ?」

「いや、すまんな。反応が面白くて、つい……」


 口元を押さえて笑う先輩を見ていると、怒りを通り越して呆れてしまった。それに随所に現れる、ネラー臭。もっと早く気付くべきだった。


「朝の話の続きをしよう。小野(おの)飛鳥(あすか)、悪役令嬢の話だったな」


 馬肉しゃぶしゃぶ、美味(ウメー)

 あ、そうだ。初めて食べる馬シャブに夢中になっていたけど、その話だった。


「彼女って、助からないんですか?」

「助けたいのか?」


 俺の質問に、先輩は質問で返して来た。


「同情したか?」

「あんまりな内容でしたから」


 思い出したくない。心的外傷(トラウマ)ものだ。


「方法はあるが、難しいぞ?」

「救済ルート、あるんですね」


 勢い込んで尋ねた俺に、先輩は指を突き付ける。


「お前が、彼女の執事になるんじゃい」


 先輩、酔ってる?


「その為には、三人全員の終章(エンディング)を見る必要がある。普通(ノーマル)以上は会話部分の自動(オート)が減り、難易度は上がる。それでもやるか?」

「や、やります」

「何十回、何百回、何千回、もしかすると何万回と繰り返すことになるかもしれないんだぞ?」

「それでも俺は、彼女を助けられるなら助けたいんです」


 あんな終章(エンディング)は、二度と見たくない。


「分かった。ゲームはしばらく貸しておく。困ったことがあれば相談に乗るから安心しろ」


 頼もしい先輩だ。


「ただし、仕事の失敗はやり直しがきかないから、安心するなよ」

「は、はい、分かりました」


 前言撤回、やっぱり怖い先輩だ。

声の想定(ボイスイメージ)

俺  小林祐介さん

先輩 宮野真守さん


・シャンディガフは、ビールとジンジャーエールで作るカクテル。

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― 新着の感想 ―
[一言] シャブですかぁ。かなり前に読んだ故安部譲二さんの作中で 「某親分から『俺はヒロポンを茶道と同じレベルにしたい。その為には、まず器(ポンプ)を褒めるところから始めるんだ』と言われた」 とありま…
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