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関東大震災・中編

 俺は考えをまとめようと立ち上がった。


「旦那様、敷地内を見回りして参ります」

「そうだな、使えそうなものがあれば利用しよう」


 旦那様の許可も得て、俺はその場を離れる。

 お嬢様はこの後、どうして酷い目に遭うのか。

 大きな音を立てて、燃えている屋敷が崩れ落ちた。火の粉が舞い上がる。


「お嬢様を一人にさせてはならない」


 一人で逃げ回るお嬢様を、集団で追いかけていた情景が有り有りと思い出される。

 敷地内から出すのも危険だろう。

 しかし災害の後って、治安が悪化するものか?

 俺が被災した時の大人たちは、助け合って励まし合って、互いに気遣っていたのに。

 屋敷の裏手まで来ると、塀が崩れていた。その塀の向こうに群集が見える。まさか、あの集団が?


「小野の家が燃えているぞ! 今こそ日頃の鬱憤を晴らしてやろうぜ」

「あの生意気なお嬢様にもな」


 これが原因か。あれだけの人数、とても一人では止められない。俺はすぐに旦那様へ危険を知らせようと駆け出した。


「あ、執事の野郎が俺たちに気付いたみたいだぞ」

「何? 仕方ねぇ、人数は集まってないが乗り込むぞ!」

「おお!」


 群集が崩れた塀の瓦礫を乗り越えて敷地内に侵入して来た。

 このままでは危険だ。


「旦那様、お嬢様、お逃げ下さい!」


 駆け寄りながら、懸命に叫ぶ。だが誰も動かない。


「どうしたのかね、令人くん?」

「すぐに、お逃げ下さい。群集が敷地内へ……」


 言い終わらない内に、群集が向かって来る。使用人たちが旦那様とお嬢様を庇うように前に出た。


「伊集院さん、旦那様とお嬢様を連れて逃げてくれ」

「ここは我々に任せてくれ」


 それは死亡伏線(フラグ)って言うんだぞ。


「令人くん、君は娘を連れて逃げてくれ。私は屋敷の主として、小野家の土地を守る義務がある」


 旦那様は何を言っているんだ?

 生きてさえいれば、再建ややり直しができるだろうに。


「令人さん、皆さんの思いをムダにしてはなりません」


 千代子がお嬢様の手を握り、群集とは反対方向へ走り出した。

 慌ててその後を追い掛ける。


「お父様? お父様!」


 飛鳥お嬢様の悲痛な叫びが響く。口では旦那様を嫌うようなことを言っていたが、やはり肉親の情は隠せない。

 振り返ると旦那様もこちらを向いて、寂しそうに微笑んでいた。その旦那様たちを群衆の波が飲み込む。

 畜生、お嬢様を泣かせた代償は高いぞ。

 屋敷から表通りに出ると、そこは地獄絵図だった。倒れた家屋、立ち上る煙、ケガ人と動かない人々。関東大震災って、こんなに酷かったのか?


「令人さん、どちらに行きますか?」


 千代子に聞かれても、何とも答えようがない。だが避難場所としては公共施設に向かうのが妥当だ。


「学校へ向かおう。あそこなら暴徒も入って来ないはずだ」


 華族の子女のいる学校なら警察や軍隊が優先的に保護しているはずと判断して、俺たちはそちらに向けて移動を始めた。

 この道沿い、確か葉室家の前を通る道筋のはずだ。まさか、選択を間違えたのか?

 葉室家で終章(エンディング)を迎えると、飛鳥お嬢様は葉室家の門前で暴徒たちに追い付かれて酷い目に遭わされていたのを思い出す。

 だが今更、行き先は変えられない。いざとなれば、俺が時間稼ぎをしてでも二人を逃がしてみせる。


「令人さん、お嬢様を頼んだわよ」


 千代子、何を?


「私があの人たちの注意を逸らすから、その間に、ね」


 行く手を阻むように人相の悪い男たちが立ち塞がっていた。その方向へ千代子は進んでゆく。

 どういうことだよ?

 俺が二人を守るんだ。


「令人、千代子の行動をムダにしないで」


 飛鳥お嬢様は震えていた。

 とんでもないゲームだぜ。ここまでするのかよ。

 飛鳥お嬢様を助けるのに、こんな辛い思いをさせるのかよ。


「イヤー!」


 千代子の悲鳴を背中で聞いて、俺は飛鳥お嬢様の手を引いて逃げた。


「いたぞ! こっちだ」


 見つかった?

 旦那様やみんなは、どうなった?

 千代子が犠牲になったのに、逃げ切れないのか?


「囲め、囲め!」


 四方を囲まれて、逃げ道を塞がれる。ここまで来て、お嬢様を助けられないのか。


「お嬢様、逃げ道はこの伊集院が確保します。振り返らずにお逃げ下さい」

「令人、お前も共に逃げるのです。これは命令です」

「お嬢様のご命令とあれば最善の努力は致しますが、どうぞ見捨ててお逃げ下さい」


 勝手に台詞(セリフ)が口から出る。お嬢様の逃げ道を切り開くため、目の前に突進した。(いか)つい男に組み付いてお嬢様の通り道を開ける。


「お嬢様、どうぞご無事で」


 飛鳥お嬢様はできた隙間から逃げ出した。袖を掴まれたが肩から裂けてどうにか振り切る。追い掛けようとする男たちを行かせまいと、今度はこちらが立ち塞がる番だ。


「ここを通りたいなら、この私が相手です」


 台詞は格好良いけど、ケンカなんてしたことない。だからほとんど足止めにもならないだろう。


「野郎、邪魔立てするな!」


 随分と緩慢な動きだ。これなら俺でも避けられる。

 しかし背後から組み付かれて動きを封じられた。

 思い切り殴られて、あっという間に気を失う。

声の想定(ボイスイメージ)

伊集院 令人  小林祐介さん

伊集院 千代子 今井麻美さん

小野  飛鳥  ゆかなさん

小野  潔   子安武人さん


誤字報告ありがとうございます。

修正しました。

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[一言] 千代子さーーーーん!!?!!?(´;ω;`)
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