関東大震災・前編
ついにこの時を迎えた。
苦節の末、迎えたのは飛鳥お嬢様の高等部卒業の日だ。
思い返せば長い道のりだった。
平均的な能力値にしたけど、どういう結末を迎えるのだろうか。
「卒業できたのは、あなたのお蔭よ。ありがとう、令人」
卒業式を終えて帰宅したお嬢様の口から聞かされる感謝の言葉に、胸が打ち震える。
「大正十二年三月、女学校を卒業した飛鳥は家業を継ぐ為、美幸、令人、千代子を使うべく、女主人としての振る舞いを身に付けてゆく」
ナレーション、相変わらずいい声だな。
「そして半年が過ぎた」
ん?
何だ、視界が変わった。
何故、今までの第三者目線ではなく、当事者に戻っているんだ?
「大正十二年九月一日」
頭の中に声が響く。
この日付は、……そうだ!
時間、懐中時計。
「十一時五十五分……」
「伊集院さん、もうすぐ昼だよ」
使用人が声を掛けて来る。
「お嬢様を呼びに行かなくては。どこにいらっしゃるかな?」
「お嬢様ならお部屋のはずだよ」
居場所を確認して、俺は走り出した。もう時間がない。
もう、お嬢様が酷い目に遭わされるのは御免だ。
お嬢様の部屋の前、そこまで来て足元が揺れ始める。
大正十二年九月一日十一時五十八分、南関東を震源に甚大な被害をもたらした大災害の発生だ。
関東大震災をゲーム内で追体験とか、開発会社はいかれてるぜ。
「きゃああ!」
「お嬢様!」
扉の向こうから悲鳴が聞こえて来る。そこにいるのは間違いない。
揺れが収まった。
「お嬢様、ご無事ですか?」
部屋の中は家具が折り重なるように倒れ、本が散乱している。梁も外れて、天井が落ちて来そうだ。
「お嬢様、どこですか?」
「令人なの?」
お嬢様の声がする。見るとお嬢様は机の下で震えていた。
「すぐにお助け致します」
散乱した本や家具を踏み越えて、お嬢様の傍へ移動する。机の前の椅子に倒れ掛かっていた本棚をずらして、お嬢様が出られるだけの隙間を作った。
「令人、来てくれると信じてたわ」
手を伸ばしてお嬢様を引っ張り出すと、お嬢様は強く抱き着いて来た。恐怖に小刻みに震えている。
「すぐに外へ出ましょう。ここは危険です」
お嬢様を抱え上げて、廊下へ出る。さて、どちらに行く?
旦那様の部屋か、千代子のいる台所か。
「旦那様のお部屋に向かいましょう」
飛鳥お嬢様を抱えたまま、屋敷の廊下を急いで移動する。
途中で見掛けた使用人には、貴重品を持って外へ避難するよう指示を出した。
「旦那様、ご無事ですか?」
「令人くん、良いところへ来た。美幸を助けてくれ」
旦那様はお一人で崩れ落ちて来た梁を持ち上げようとしている。その梁の下には美幸さんが倒れているが気を失っているのか身動き一つしていなかった。
「旦那様、ここは私に任せ、お嬢様を連れてお逃げ下さい」
「しかし令人くん、その梁は一人では動かないぞ」
美幸さんは既に絶命している。旦那様はそれを認めたくないのだ。
「美幸さんも旦那様とお嬢様の無事を心から願っております。どうか先に屋外へお逃げ下さい」
「わ、分かった。後は頼んだよ、令人くん」
お嬢様を連れて旦那様が部屋を出る。美幸さんの遺体は残念だがこのままにしておこう。
千代子はどうしているだろうか、台所に行ってみよう。
「執事さん、大変です!」
廊下の向こうから女中の菊が走って来た。
「台所で火事が、それで千代子さんが……」
千代子が?
俺の千代子ぉ!
猛然と疾走して台所に急ぐ。火の手は扉から屋敷の方へ燃え移ろうとしていた。
「逃げ遅れた者はいないか?」
扉から台所を確認しようとしたが、火の勢いが強過ぎて近づけそうもない。振り返ると菊が呆然と立っていた。
「菊、ここはもう無理だ。外へ出なさい」
「千代子さん……」
そうだ、千代子の安否が分からない。だが、この火では。
台所には直接外に繋がる出入り口がある。千代子と他の使用人も屋外へ避難しているだろうと期待して、俺は菊を連れて玄関へ向かった。
旦那様とお嬢様は先に外へ出ているはずだし、見掛けた使用人たちには貴重品を持ち出すよう命じていたし、屋敷の中に残っている者はいないだろう。
「旦那様、申し訳ありません」
屋外で幾つかの大きな鞄や使用人たちに囲まれて、旦那様とお嬢様は燃え上がる屋敷を見上げていた。
「令人くん、君が無事で良かった。君まで私を置いて行ってしまうのかと心配したよ」
旦那様は、美幸さんの状況を理解していたようだ。しかし、屋敷が燃えてしまっては明日からの生活に支障が出るだろう。
「令人さん」
呼び掛けられて振り向くと、そこにはずぶ濡れの千代子がいた。
「姉さん、その姿は?」
「千代子さんは、火事から逃げ遅れた私たちを助けようと、水を被って……」
女中の桃だ。そうか、だから菊は急いで俺を呼びに来たのか。
「皆さん、お食事をどうぞ」
千代子がオニギリを配っている。昼食前の地震だったから、誰も何も食べてなかった。屋敷は燃えているが、今更消火もできない。
俺は敷地内を見渡して、納屋が潰れていないことを確認した。次は、あそこへ備蓄をしておくと良いかもしれない。
再建には暫く日が必要だろうけど、旦那様もお嬢様も健在なら大丈夫だ。
そう、お嬢様も健在なら。
これまでの終章の内容を思い起こす。
事件は夕方近くに起きていたような気がする。では、この後に何か起きるのか?
声の想定
伊集院 令人 小林祐介さん
伊集院 千代子 今井麻美さん
小野 飛鳥 ゆかなさん
小野 潔 子安武人さん
香取 美幸 井上喜久子さん
女中の菊 宮下早紀さん
女中の桃 鬼頭明里さん
ナレーション 宮野真守さん




