デウスエクスマキナ
『可哀そうだなぁ……』
あれは夏のとっても暑い日だったか。
夏休みを満喫していた小さなころの俺は、お爺ちゃんの家の裏にある山の中で遊んでいた時に、ひっくり返った蜥蜴を見つけた。
そいつは妙に真っ赤で目を惹いたってのがある。
俺はその真っ赤な蜥蜴を摘まんでひっくり返して土の上へ置く。
するとトカゲはまるで人のように俺のことを円らな瞳で見上げた。
まるでお礼を言っているかのように思えた小さいな頃の俺だった。
真っ赤な蜥蜴は長い尻尾をブンと振って、トテトテと深い森の中へと進んでゆく。
「もうひっくり返るんじゃないよー」
何故か俺は、その蜥蜴へ人のように言葉をかけたのだった。
――なんでこんなこと思い出してるんだろ?
そんなことを考えていると、再び目の前へ別の像が結ばれてゆく。
あれも結構暑い日だったか。
外も暑いのに、電車の中も通勤通学ラッシュですし詰め状態。
かなりきつかった。
俺も含めて、周りの誰もが茹るような暑さにうんざりな顔をしている。
だけどそんな中で一人だけ、真冬のように肩を震わせていた。
電車の窓際に立っている、セーラー服を着た女の子だった。
彼女の後ろにはぴったりとくっ付くようにオヤジが立っている。
なんだか嫌な予感がした俺は目を、そこへ目を凝らしてみる。
「んっ…………」
(マジかよ……痴漢被害が多いって聞いてたけど、ホントなんだ……)
オヤジはむっちりとしたその子のお尻を、やらしい手つきで触っていた。
女の子の顔はすっかり青ざめていて、抵抗する素振りをみせない。
傍から見れば”嫌だ!”と拒否すれば良いように思う。
でも当人にしてみれば、きっと怖くて何もできなんだと思う。
(めんどうな場面に出くわしちゃったなぁ……)
まず思ったのはそんなものぐさ太郎な感想。
だけど、目撃しちゃった手前、見過ごすのもなんだか後味が悪いような気がした。
『おっさん、暑いのにさ、そういうの止めようよ?』
『ッ!?』
俺が少し凄みを聞かせて耳元でささやくと、親父がビクンと背筋を伸ばして動きを止める。
「あっ……」
丁度良いのか悪いのか、電車が止まって扉が開き、痴漢オヤジは人の波に消えて行く。
俺も、被害を受けていた女の子も人波に押し流されてゆく。
「あ、ありがとうございましたっ!」
妙にむっちりとしたその子は人波に押し流されながらも、向こうからお礼を叫んでいる。
(ああもう、この混雑が無かったら、ちょっといい想いができたかもしれないのになぁ)
そうは思えど、俺も、その子も人波に流されてゆくのだった。
――あれ? あの時の子ってもしかして……?
『トカゲ!』
誰かが今の俺を呼び、像が溶けて消えて行く。
●●●
「にゃむ……はっ!?」
意識を取り戻した俺はプニプニしたお腹を向けて、仰向けに倒れていた。
そんな俺を杏奈はポインと胸を揺らしながら屈みこんで摘まみ、そっと掌の上へ乗せる。
「トカゲ、生きてる!?」
「あ、うん。大丈夫! ありがと!」
俺は長い尻尾をブンブン振って無事をアピールした。
そしてようやく分った。
焔 杏奈――この子はかつて、俺が電車の中で痴漢被害から助けた子だってことに。
加えて、
「なにしてるの?」
杏奈は自分の身体をきょろきょろと見渡している俺へ首を傾げる。
(やっぱこの身体って、小さい頃助けたトカゲにそっくりだ。もしかしてアレか、助けた亀に連れられて、によろしく、助けたのがサラマンダーだったってことか?)
『その通りだっ!』
突然、ちょっと偉そうな声が響いて、俺と杏奈は揃って視線を前へと向ける。
俺達を取り囲んでいた真っ白な空間。
その中で唯一浮かんでいたのは、燃え盛るような赤い炎だった。
『私は君たちの中にいた”炎の精霊サラマンダー”であるっ!』
「なんか唐突っすね?」
『水龍との合体攻撃でクラーケンを倒した際に空間が捩じれてな。良いタイミングなので現れてみたのだHAHAHA!』
随分とハイテンションなサラマンダーさんに、俺と杏奈は揃って苦笑いを浮かべる。
しかもこのテンションには覚えがある。
「もしかして、貴方って”鑑定結果”っすか?」
『おっ? さすがに鋭いねぇ! その通り! 私はずーっと”鑑定結果”として君たち二人のことを見守っていたのだよ!』
冗談で指摘したのに、真実だったとは思いもよらなかった俺だった。
『さて! 君たち二人のお陰で邪悪なリヴァイアは滅んだ! これからシュターゼンとリヴァイアは互いに手を取り合って、新たな道を進んでゆくだろう! 実はそれを機会、私が君たちを媒介にして復活しようと思ったのだが気が変わった! 私としてはこれからも君たち二人に、シュターゼンを守護する”炎の神性”として活躍してもらいたのだが、いかがかな?』
「いかがって、ねぇ……」
俺は杏奈を見上げた。
杏奈は大きな胸を揺らしながら、はっきり頷く。
「わたしはそれが良い! これからもトカゲと一緒にいたい!」
「俺も杏奈と一緒! そういうこと!」
杏奈と俺の宣言を受けた炎は、何故か笑顔を浮かべたような気がした。
『よしわかった! これからも頼んだぞ、二人とも! あまり喧嘩はしないように! じゃないとおじさん怒っちゃうからな! HAHAHA!!」
炎は高笑いを上げながら消えて行く。
俺は改めて杏奈を見上げた。
もしも小さい頃にトカゲを助けなかったら、杏奈を痴漢から助けなければ、こういうことにはならななかったんだと思う。
巡り巡って俺と杏奈は”精霊と巫女”という関係で、再び出会い、そして強い絆で結ばれた。
これが”縁”というものだ。
「杏奈!」
「んっ?」
「これからも宜しくね!」
俺が尻尾をブンブン振りながらそう言うと、
「こちらこそ! 一緒に頑張ろうね、サラマンダー!」
杏奈は晴れ渡るような笑顔を浮かべて、よどみなく答えてくれる。
これからも色んなことがあるんだろうけど、きっと杏奈とならば乗り越えて行ける。
俺はそう決意を改め、杏奈と第二の爬虫類生へ期待を寄せるのだった。




