決断
「酷い……」
飛竜の背中から下の様子をみて、杏奈はそう漏らした。
彼女の肩にのっかるトカゲ形態の俺も、下の惨状に同じ感想を抱く。
リヴァイアの本拠地、海底神殿沿岸の町は、その殆どが水の中に沈んでしまっていた。
幸い、避難誘導が迅速だったために、人的な被害は最小限だったと聞く。代わりに沈んだ街の中をサハギンが我が物顔で泳ぎ回っている。
ゲルコマンドや巨大なカニのモンスターは少なくなった陸地へ上がり、残った家屋や木々をなぎ倒している。どうやら水の浸食を容易にできるよう、破壊活動を行っているようだった。
その時、辺りに轟が響き渡った。
水平線の向こうにみえる禍々しい神殿がグラグラと揺れている。すると、海水が更に押し寄せてきた。
家屋は押し流され、町は海水の中へ沈み、サハギンは喜ぶように泳ぎ回る。
水がめの決壊を防いで、シュターゼンの城下町を守ることはできた。
でもその間にリヴァイアの海底神殿が浮上を開始したのは今から一週間前のこと。
神殿が浮上するたびにシュターゼンの陸地は、海に飲みこまれていた。
相変わらず、リヴァイアのモンスターはシュターゼン各地で暴れまわっている。
じわりと、しかし確実に炎の国シュターゼンは、水の国リヴァイアに浸食されている。このまま手を拱いているだけじゃ、ではシュターゼンが滅びてしまうのも、時間の問題だと思った。
『精霊様、巫女様、陛下がお呼びです。帰還します』
鉄兜のような防空ヘルメットに、飛竜を操舵する兵の声が聞こえた。
兵は手綱を引いて、飛竜を旋回させる。
俺と杏奈は水没した街に背を向け、シュターゼンの城下町へ戻るのだった。
●●●
「精霊様、アンちゃんお帰りなさい! 神殿の様子はどうだった?」
シュターゼン城の中庭へ飛竜が降り立つなり、アイス姉妹の妹:オウバ=アイスが、迎えてくれた。
「ほとんど沈んでた。酷かった。そっちは?」
「こっちも同じようなものよ。全く、せっかく水がめを守り切ったのにこれいじゃ意味ないじゃない」
アイス姉妹の姉、シャギ=アイスは唇を尖らせる。偵察を兼ねて、南の沿岸でリヴァイアの軍勢と戦ってきたアイス姉妹。口調はいつもの感じだけど、どことなく疲れとか、焦りが滲み出ているようにみえた。
「ミキオ君とウィンド君は?」
「リヴァイアの連中が水がめに攻め込んで来てるらしいのよ。また性懲りもなくね」
「心配?」
「大丈夫よ、ミキオとウィンドならきっとね……」
「そうだね」
「陛下とユウ団長がお呼びよ。行きましょう」
シュターゼンの城内は、俺と杏奈が旅立つ前とは違い、緊張感に満ちていた。
兵士は足早に行動し、窓の外では補給を終えた竜騎兵が飛竜と共に飛び立ってゆく。
俺を肩に乗せた杏奈が廊下を通ると、みんなが道を開けて、敬服するのは変わらない。
だけどみんな疲れた顔色をしている。なんだか申し訳ない気持ちを感じつつ、杏奈とアイス姉妹は王座の間に続く扉の前になった。
「精霊様と巫女の御なりでございます!」
重苦しく扉が開いた。するとそこにはシュターゼンの王様を中心に、ユウ団長や竜騎兵隊の隊長さん、その他シュターゼン国の偉い人たちが大勢いて、一斉に傅いていた。
「良くぞ無事で戻られました精霊様、巫女様」
「だからそういうの良い。みんな立って」
杏奈が凛然と声を放つ。大勢いた国の重鎮たちは一斉に立ち上がった。
相変わらず少し居心地の悪さを覚える俺なのだった。
「巫女様、アイス姉妹。視察内容をお聞かせ願えないでしょうか?」
アイス姉妹は南方戦線の補給線が伸び切って、次第に押され始めている状況を語った。
杏奈もリヴァイアの海底神殿が更に浮上をして、陸地が押し流される状況を説明する。
報告を聞く、王様や重鎮達は一様に沈痛な面持ちだった。
なんだか凄く嫌な空気だった。
「王よ、もはや一刻の猶予もままなりません」
経済を取り仕切る大臣が声をあげた。彼に同調するよう、重鎮たちは声を揃えて、王様へ何かを迫っている。
「ユウよ。そなたはどう思うか?」
王様は横で直立不動で佇んでいたユウ団長に聞く。
「私は一介の兵に過ぎません。王の決断とあらば、それに従うまでです」
「……そうか」
王様は重苦しく言葉を吐き、そして徐に立ち上がった。
元は一般人の俺と杏奈は、王様からひしひしと感じる気迫に気圧された。
「シュターゼンはその全勢力を持って、リヴァイアの精霊:ウンディーネと化した、ニムを討て! これは勅命である!」
「なんで!?」
反射のように叫んで立ち上がったのは、杏奈だった。
杏奈は炎みたいな怒りを瞳に宿して、王様を鋭く睨みつけている。
「どうしてニムを倒すの!? 助けないの!? なんで!!」
「この状況ではシュターゼンの敗北は避けられません。我が生き残る術は、敵中枢である水の精霊ウンディーネを殲滅する以外に方法が無いのです」
「そんなの嫌! みんな良いの!? ニムは皇女様なんだよ!? マリオンからシュターゼンを救った英雄なんだよ!? みんなニムが大事じゃないの!?」
杏奈の叫びに誰もが目を背ける。きっと杏奈はここにいる誰よりも、ニムのことが好きで、大事に想っている。その気持ちがひしひしと伝わってくる。王様も、顔の表情に僅かに綻びが生じる。
「ユウ団長もそれで良いの!? ニムが大事じゃないの!?」
杏奈は涙を振りまきながら、叫びをあげた。
「――勅命ですので。私は王の判断に従うまでです。例え相手が姫様であろうとも」
ユウ団長の迷いのない答えに、杏奈は踵を返した。
「ア、アンちゃん! どこいくの!?」
「ニムを助ける! みんながしないなら、わたしとトカゲがする!」
オウバを振り切って杏奈は扉へ向かい始めた。どうやら俺もセットらしい。
気持ちは分かる。俺もニムを倒すなんしてしたくはない。そこは一緒。
だけどさすがに今の杏奈は頭に血が上り過ぎている思った。だから俺は彼女の肩から飛び降りた。
「おっと、杏奈。ちょっと待とうね」
リザードマンに変身した俺は杏奈を真正面から受け止める。
杏奈は鋭く、そして恨めし気な視線を向けて来る。まん丸の瞳には涙が浮かんでいた。
「トカゲも邪魔するの!? なんで!!」
「いやいや、邪魔なんてしないよ。でも、ちょっと落ち着こ? ねっ? ニムをちゃんと助けたいならきちんと準備しないと。ニムを助けたって、杏奈が無事じゃなきゃ。ニムを泣かせても良いの?」
俺は努めて優しく、囁くように言葉を紡ぐ。すると杏奈の肩から力が抜けた。
代わりに彼女が縋りつくようにもたれかかってくる。
「杏奈……?」
「うっ、うっ、ひっく……トカゲ、わたしどうしたら良いか分かんない……」
「一緒に考えよ。どうやったらニムを助けられるかをさ」
「うん……ありがとう、サラマンダー」
俺はそっと杏奈を抱きしめる。いつもは明るくて、逞しい杏奈だけど、今胸のなかにいるのは迷子になって途方に暮れる、小さな女の子のように感じたのだった。
「悪いけど俺と杏奈は退席させてもらうね。シャギ、オウバ、申し訳ないけどあとで細かい話を宜しくね」
俺はそう王様や重鎮達に告げて、王座の間を跡にするのだった。




