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ほの暗い海底神殿の深層部で


「やってくれるじゃない、ガロンドの野郎……!」


 シャギは忌々しそうに顔を歪め、


「空っぽだよね。そうだよねぇ……」


 オウバも残念そうに肩をすくめる。


 海底遺跡の最深部には石ころ一つなく、がらんとした石室が広がっているだけなのだった。


 やっぱりただほど信用できないものは無い。

だけど大きなタコと戦ったり、みんなでウォータースライダーの様なものを楽しんだり、アクアゴーレムを協力して倒したりと、イベント尽くしだったこの探索は、俺自身は結構楽しく感じていたのだった。


「みんな! ちょっとこっちへ!」


 と、シャギの少し嬉しそうな声が聞こえた。

彼女はにんまりと笑みを浮かべて薄い闇の中を指す。


「扉?」


 杏奈が指摘した通り、シャギの後ろには全く読めない文字の様なものが刻まれた、いかにも怪しげな二枚扉があった。


「なるほど。ここはあくまで前室だったってことね」

「良かったですね姉さま! きっとこの先にたくさんの宝物が!」

「トカゲ?  震えてる?」


 杏奈は肩に乗るトカゲ形態の俺をそっと撫でた。

嬉しい筈なのに、心が晴れない。


 俺の真っ赤な鱗が一つ残らず震えていた。

背筋が凍り付き、胸の奥が押しつぶされそうな不快感に見舞われている。


 ここに来て、俺は当たり前だけど、重要なことを思いだす。

楽しかった、だなんて本当は言ってはいけなかった。

 

何故ならば――


 今の俺は炎の精霊であり、ここがかつての敵の本拠地。

俺の直感が巨大な扉へ近づくシャギを見て、危険を知らせて来る。


「杏奈! シャギをそれ以上扉へ近づけるな!」

「えっ……?」


 シャギが扉の前に立った刹那――一彼女の持つ青い宝玉が荘厳な輝きを放った。


「こ、これって……? あ、ああっ――!!」

「姉さま!?」


 シャギの絶叫が響き、彼女が体をビクビク震わせ始めた。

身体から彼女由来の紫の魔力が本人の意思とは関係なく湧く。

宝玉はまるで掃除機のようにシャギの力を吸い、禍々しい二枚扉へ流れ込んでゆく。


 やがて重々しい音を響かせながら扉が開いた。

同時に俺たちは、突然後ろから迫ってきた、凍てつく”氷の道”によって、扉の中へ吹っ飛ばされる。

 杏奈の肩から滑り落ちた俺はすぐさまリザードマンへ変身し、宙を舞う杏奈を強く抱き留める。

そして自分をクッションにして、杏奈を守った。


「トカゲ!? 大丈夫!?」

「あ、ああ、大丈夫だ。それよりもシャギとオウバは!?」


 杏奈は俺の上から飛び退き踵を返す。

俺達の目前には背よりも遥かに高い、氷の壁が聳え立っていた。



「オウバ! シャギ! 大丈夫!?」


 杏奈の悲痛な声が響き、


「姉さまとオウバは大丈夫だよ! そっちは!?」


 俺達を隔てる氷の壁の向こうに起き上がったオウバとシャギの姿が見えた。


「大丈夫! すぐそっち行く! ……トカゲ?」


 杏奈がそっと俺の立派な肩を抱く。

 俺はサラマンダーに転生して始めて、恐怖というものを感じて肩を震わせていた。


「お勤めご苦労だったじゃない! なはは!!」


 聞き覚えのある軽薄な声が響き渡った。

アイス姉妹の商売敵――もじゃもじゃとした長い髪の男:【ガロンド=ホエール】

 そして彼の従者で水着のような鎧を身に着けた女戦士アマゾネスの【テフ】

テフは得物である三又槍トライデントの代わりに、小さな人影を抱えていた。


「ニム!? なんで!?」


 杏奈は透明な氷の壁にしがみつく。

 テフの腕の中にいるニムは首をぐったりともたげ、一切反応を示さない。

しかし、ニムを抱えたテフは、杏奈のことを目にも留めず歩き続ける。


 氷の道の向こう。この部屋の最奥のほの暗い闇の中。

そこには、ピラミッドみたいに切石を綺麗に積み上げた”祭壇”のようなものがあった。

祭壇の頂点には台座のようなものがあり、テフはニムをそこへ静かに置く。


「や、やめろ……! それ以上は……!」


 炎の精霊としての本能が静止を言葉にする。

だけど激しい寒気と、恐怖に駆られた俺は上手く体を動かすことができない。


「なーはっはっは! 本当にお疲れちゃんだったじゃない! 特にシャギ=アイス! お前の魔力のお陰でずっと開かなかった最後の扉がようやく開いたじゃない! お礼を言うじゃない!」

「て、てめぇ、気前が良いと思ったら最初からこういうつもりだったのか!?」


 シャギは怒りに満ちた声を上げる。

しかしガロンドは、更に盛大で、不愉快な笑みを浮かべた。


「欲に目がくらんだお前がいけないんじゃない! ただより高いものは無い! 人を簡単に信用するな。商売の常識じゃない?」

「くっ……」

「でも後悔はこれからもっとして貰うじゃない。なんてたってお前は、これから世界に再び戦乱を呼び戻した大罪人になるんだから! テフ、やるじゃない!」

「イエス、マイマスター」


 テフが腕を掲げると、彼女の手に水が集まり、いつもの三又槍が握られた。

鋭い槍の先が、青白い輝きを放って、台座で静かに眠るニムを白く照らし出す。


「ニム!!」

「ま、待って! 杏奈ぁッ!!」


 杏奈は俺の声も聴かず、祭壇へ向けて駆け出した。

しかし分厚い氷の壁は杏奈を阻み、祭壇へ近づけさせない。


「一千年の恨みを今ここに! 我らが【水の国:リヴァイア】の復活、ここに来たり! さぁ、飲み込め、洗い流せ! 龍が如き激流は紅蓮の焔さえもかき消すじゃなぁーい!」

「はぁっ!!」


 テフは裂ぱくの気合と共に、穂先をニムの薄い胸へ突き立てた。

しかし不思議なことに血は一滴も流れず、代わりに青白い”水”をイメージさせる輝きがあふれ出た。

輝きが波濤のように広がって、石室を白一色で染め上げて行く。


「今こそ御目覚め下さい! 我らが水の国リヴァイアの偉大なる精霊【ウンディーネ様】】!」


 白く染まる世界の中へ、ガロンドの感極まった声が響き渡る。

やがて祭壇の頂点で小さな影が立ち上がのがみえた。


 それは姿こそ、炎の国の第三皇女【ニム=シュターゼン】だった。

だけど青い瞳はまるで氷のような冷たさを帯びていた。

極寒のような雰囲気は、いつも元気で明るい彼女とは似ても似つかない。


――ニムの姿をした、別の何か。


 ソイツは恭しく傅くテフから、”青い錫杖”を差し出され、受け取る。


「おお! ついに目覚められましたじゃない! ウンディーネ様!!」

「我を目覚めさせたのは……貴様か? 何者だ?」


 ニムは歓喜するガロンドへ、眠たげに聞き返す。


「我が名は、ガロンド=ホエール! 畏れ多くも、貴方様の信徒じゃない。一千年の長きにわたり、我が先祖は代々貴方様の復活を夢見、本日まで鍵をお預かりしておりましたじゃない!」

「ホエール……そうか司祭の家系の者だったか……。良くぞ我の封印を解いた。敬虔なる我が信徒よ、その働きご苦労であった」

「ははっ! ありがたき幸せにございます!」


俺の心臓が激しく鼓動する。本能が恐怖と闘争心を煽る。


――あれはニムの姿をした敵。反属性の長、【水の精霊ウンディーネ】


 ニムの姿をした水の精霊ウンディーネは、錫杖で石の床を着き、荘厳な金音を響かせた。


「時は母なる海のように満ちた―― 我が祖国、リヴァイア、一千年の恨みを今ここに晴らさん!」


 ニムは錫杖を雄々しく、高く掲げる。

そして錫杖に青い輝きが迸った。


「甦れ、我が眷属たる民よ! そして集いて戦え! 水は炎を打ち消し、そして滅ぼさん!」

「さぁさぁさぁ! ご照覧あれ! これぞ水の精霊ウンディーネの加護を受けた、我が最強国家リヴァイアの力じゃない!!!」


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