進撃の鬼集団
月明かりの下、不気味な鬼の影が揺れ、草木を無遠慮に踏み荒らす。
耳障りで不快な息遣いが森から響く。
村を守るために土嚢を積んで作られた防壁の裏で、戦うと決めた男たちは一様に息を飲んだ。
村に迫るは数百のゴブリンと、それを指揮する豚のような見た目の魔物:オークが更に十数匹。
ここ最近、洞窟から姿を現し、無差別に人の村を襲う鬼の集団が小さな村へ迫りつつある。
そんな状況を俺と杏奈はアイス姉妹と一緒に、岩陰からじっとのぞいていたのだった。
「あ、あの、シャギさん、なんで何もしないの……?」
杏奈は村へ確実に進行しつつある鬼の集団を見て、心配そうに声を漏らす。
「これで良いのよ。まだ早いわ」
と答えたのは、真っ先に鬼退治を請け負ったアイス姉妹の姉:シャギであった。
「大丈夫だよ、アンちゃん。そう不安がらないで」
「オウバの言う通りよ。だってこんなところで敵を倒しても私の活躍が見せられないじゃない。今回駆けつけたのはあくまで”お店の再開”をみんなに知らせるためなんだからね。うふふ……」
シャギは不敵な笑みを闇夜に浮かべた。
「ギュルオォー!」
その時、先端のゴブリンが一気に森を飛び出す。
その数、十数匹。続いて林間から、あふれ出るように武器を持った鬼の集団が飛び出してくる。
土嚢の裏にいた村の男たちも、覚悟を決め、武器の柄を強く握りしめ、立ち上がる。
「サンダーッ!」
瞬間、鬼と村人の間に、シャギは黒い稲妻を落とした。
視界が一瞬、真っ白に染まる。
「行くわよ! ついてらっしゃい!」
「はい姉さま!」
「う、うん!」
「お、おう!」
事前にシャギから”遮光”の魔法をかけて貰っていた俺たちは飛び出す。
先頭を行くアイス姉妹は手を仲良く結び合って揃って飛ぶ。
そして近くにあった大岩の上に飛び乗った。
「待ちなさい!」
シャギの鋭い声が響き、
「闇の眷属共っ!」
オウバの叫びが、夜の闇を切り裂いた。
「ギュルオォー!?」
視界が戻った鬼の集団は、満月を背に大岩に乗るアイス姉妹を見上げる。
するとシャギとオウバは背中合わせに立ち、鬼の集団を見下す。
「闇を切り裂く漆黒の稲妻! 黒の魔導士シャギ=アイスッ!」
「大地を揺るがす白磁の刃! 白の魔導士オウバ=アイスっ!」
「「アイス姉妹が、悪さをするあなた達を――おしおきよ!」」
姉妹仲良く揃って鬼の集団を指でさす決めポーズ!
月を背に、美少女、お仕置きなんちゃら……。
(なんか聞いたことのある台詞……)
とりあえずまた妙なことを口にすると、杏奈に俺が同じ時代の男が転生しているとバレちゃうから黙ることにした。
「ほら、杏奈も! 早く!」
「え、ええ!?」
シャギの要請に、足元の杏奈は顔を真っ赤に染めて動揺していた。
「アンちゃん、こういうのは流れでさっさとやらないと恥ずかしいよ!?」
「うう~……――んっ!」
杏奈は顔を真っ赤に染めながらも、地面をしっかりと踏みしめた。
「わたしの拳が真っ赤に燃えるぅ! 怪物倒せと、トカゲが叫ぶぅ! 炎の魔法使いアンナーっ!」
杏奈の精一杯の叫びと、拳を翳す決めポーズ。相変わらず胸はポインと揺れる。
結構、様になってるような気がした。
すると杏奈はちらりと横目で俺を見て来た。
「ど、どーも。サラマンドラです」
「トカゲ酷い! なんで普通!?」
杏奈の声が盛大に上がり、少し涙ぐみながら俺の肩をポカポカ叩いてくる。
さすがに用意も無く、カッコいい口上と決めポーズなんて用意できない。
「ご、ごめん!」
「ばかばかばかトカゲのばか!、すごく恥ずかしかったんだからぁ! トカゲが一緒だと思ったから頑張ったんだからぁ!」
「あ、そ、そうだったんだ……」
まさか杏奈もノリノリになるとは想定外な俺だった。
「来たぞ! アイス姉妹だ! これで村は助かるぞ!」
「相変わらず良いな、あの猫耳姉妹は! てか、店再開したんだ!」
「なんだ、あの真っ赤な可愛い子は!? まさかアイス姉妹の新しいメンバーか!?」
さっきまで死線を覚悟していた村のお兄さんたちは、とっても興奮して盛り上がっていたのだった。
てか姉妹で新メンバーって何なのよ。
「さっ、杏奈にサラマンドラさん。いちゃいちゃはそこまで! いくわよ、みんな!」
「はい、姉さま!」
「う、うん!」
アイス姉妹が満月を背に飛び降り、もうやぶれかぶな様子の杏奈が続く。
(なんか嫌な予感がするなぁ……)
なんとなく野生と云うか、精霊の勘が予感を告げて来たので、俺は少し警戒しつつ続いた。
「ぶっとべぇ! サンダーッ!」
「ギュオぉ~!?」
シャギの腕から放たれる魔力由来の黒い稲妻は、目前のゴブリンを一気に弾き飛ばす。
それでも間隙を縫って、複数のゴブリンが迫る。
「ここはオウバが!」
オウバの腕の白磁の魔力が渦を巻く。
「みんな大地に帰りなさい! アースソードっ!」
地面へ放たれた白色の魔力が、大地を隆起させる。
それは鋭い”岩の剣”となって、ゴブリンを足元から次々と刺し貫いた。
ヒロイックな展開の割には、随分とえげつないオウバの攻撃に、俺は思わず苦笑いを禁じ得なかった。
「ファイヤショット―!」
杏奈も鮮やかに杖を振って、火球を呼び出した。
俺のバフスキル”火属性強化”の影響下にある杏奈のファイヤショットは複数のゴブリンを激しい炎で包み込む。
(今がチャンス!)
杏奈が背中を向けている間に、俺は燃え盛るゴブリンへかぶりついた。
相変わらず鳥のささみみたいに淡白な味わい。
だけど表面がカリっと、中はジューシーに焼けているので、前食べた時よりも遥かに美味しかった。
(俺も結構えげつないないぁ……魔物が美味しいだなんて)
と、思いつつ、熱感知スキルで背後から迫っていたゴブリンを、”きりさく”のスキルで引き裂く。
「ブフォォー!」
すると、劣勢を気取った筋肉ムキムキな豚魔神:オークが、手下のゴブリンを払いのけながら迫る。
「来たな、豚野郎! やってやろうじゃん!」
シャギの腕に黒い魔力が渦を巻く。
それは大きくて禍々しい”黒い爪”を形作る。
そしてシャギは、トンと地面を蹴った。
「死に晒せぇ!」
「ブフォォー!?」
シャギの爪が、体格で遥かに勝るオークを切り裂いて怯ませる。
そんな彼女の脇から、巨腕を組んで、大きく振りかぶるもう一匹のオークが影を落とした。
「ブギャ!?」
刹那、頭上から光輝く白色の”鉄球”を落とされたオークは大の字に倒れる。
その向こうには白色で魔力で鎖と鉄球を形作ったオウバの姿があった。
「姉さま無事!?」
「無事よ! ありがとう! さぁ、仕上げよオウバ!」
「はい、姉さま!」
シャギとオウバは同時に矢のように飛んだ。
「おらおらおらー! 死にてぇ奴はどいつだぁ! くはははは!」
シャギは盛大に嬉々とした様子で黒い爪で魔物を圧倒し、
「うふふ! ふふ……やっぱ直殴りは気持ちいいね。あは!」
オウバは妖艶な笑みを浮かべながら、鉄球を振り回し、魔物をなぎ倒す。
(や、やっぱ、あの二人怖い! てかあの様子、まるで敵役じゃん!!)
そんな風にアイス姉妹にビビる俺の脇で杏奈は、
「ひっさつぱぁんち! ぱぁーんち! ぱーぁんち! あーんなぱーんち!」
真っ赤に燃える拳でゴブリンやオークを打ち据えながら、相変わらず胸をポインポインと揺らしている。
結構杏奈も楽しそうだった。
(ま、まぁ、杏奈が楽しそうなら良いか……)
杏奈がバフスキルの範囲外に出ないよう、俺は気を付けながらこっそり杏奈の燃やした魔物を食べてFPを溜めて行く。
もはや雌雄は既に決していて、鬼の集団は総崩れ。
掃討戦の様相を明らかに呈している。
だけど、何故か俺の胸中には不安があり、それは突然沸き起こった地響きによって確信へと変わった。
地響きが聞こえた途端、鬼の集団は脱兎のごとく散々になって逃げて行く。
瞬間、森に生えていた大きな木々が闇夜へ舞い上がり、大きな砂柱が沸き起こる。
森の中に逃げ込んだオークとゴブリンは、出現したソイツの大きな口の中へ放り込まれ、叫ぶ間も無く絶命する。
見上げるほどの巨体が月を覆い隠し、俺達は一斉に息を飲んだ。
「ア、地龍!?」
シャギが珍しく動揺の声を上げて、
「ちょ、ちょっと騒ぎすぎちゃったのかな……?」
オウバも苦笑い。
「ギャオォォォン!!」
その通りだと言わんばかりに、地龍はシャギの稲妻の轟音よりも大きな咆哮を上げた。
【名称】アースドラゴン(中間形態)
【種族】竜
【属性】木
【概要】幼体から少し成長した地龍。大人まであとちょっと! ちなみにこの子は、前に貴方と杏奈がお母さんを倒してしまった子供の成長した姿です。
(あーなるほど、だから角がかけてるわけか。やっぱこの鑑定能力、おそるべし)
と呑気に構えている俺と、
「ねぇ、トカゲどうする?」
地龍の成体の撃退実績がある杏奈は全くビビった様子も見せずに俺に聞いてきていた。
「二人とも、何をしてるの!? ここは一撤退よ!」
シャギの焦った声が響き、
「アンちゃん、サラマンドラさん早く!」
これはさすがのSランクのオウバも、焦ることらしい。
地龍の黄金の瞳が俺と杏奈を映す。途端、鼻息を荒くし、稲妻のような咆哮を響かせた。
どうやら俺と杏奈のことを思いだしたっぽい。
「ねぇねぇ、トカゲ」
「ドラゴンさんは俺たちのことご指名みたいだしねぇ……」
「じゃあ」
「うん! やっちゃおうか!」
俺と杏奈はパチンと手を打ち合う。
そして迫る地龍を見上げた。
「形態変化!」
俺はそう叫び、ため込んだFPを解放する。
すると、筋骨隆々な身体が火の粉になって散り、どんどん縮小してゆく。
そして”体長30センチ程度の小さなトカゲ”に戻った俺は、ぺたりと杏奈の肩の上へ舞い降りた。
「シャー!」(さぁ、バーベキューの時間だ!)
「むふー! やっぱトカゲの方が可愛い!!」
ライトな雰囲気の俺達にブチ切れ気味の咆哮を上げる地龍なのだった。




