魔道具専門店グリモワール
晴れて冒険者になったのは良いものの、右も左も分からない。
そんな今の俺は炎の精霊サラマンダーの身分を偽る、蜥蜴人の戦士:サラマンドラ。
そして相棒は炎の巫女というのを忍び、見習い魔法使いとなった:アンナだ。
俺と杏奈はギルド集会場で再会したS級魔導士:アイス姉妹のお誘いで彼女達の家兼店へ行くことにした。
石造りの立派なシュターゼン国城下町の城門を抜け、牧歌的な風景の交易路を、馬車の幌にゆらゆら揺られながら進んでゆく。
広い道にはたくさんの行商人や、馬車が絶え間なく往来していた。
「この交易路もお二人がマリオンを倒してくださったお陰で、元に戻ったんですよ」
アイス姉妹の妹:白いドレスのような衣装が良く似合うオウバ=アイスは笑顔を浮かべる。
「本当だわ。まっ、私たちの店はまだ営業を再会できてないけどね」
姉で黒い衣装のシャギ=アイスが補足する。
平和な交易路をみてなんだか誇らしげな気分になる俺なのだった。
「ううっ……」
「杏奈ちゃん、どうしたの?」
「肩がちょっと痛い……」
心配そうに聞くオウバへ、体育座りをしていた杏奈は肩を軽くもみながら答える。
どうやら肩こりが酷いらしい。
確かに無理もない。幾らこの世界では整備されている交易路でも、現代のアスファルトと比べれば、明らかに砂利と小石ばかりの荒れ道だ。
馬車の幌も木造で、車のようなサスペンションだってロクに無い。
となれば当然、馬車の車輪が小石に引っかかる度に、身体が上下に強く揺れる。
当然杏奈のKカップは慣性の法則に従って、上下に激しく触れる。
男から見れば巨乳は魅惑的だが、当の本人は重かったり、肩が凝ったり、いらぬ視線を集めたりと、あまり好ましいものではないと聞く。
「だよねぇ。オウバも良く肩が凝るよ。だったらこうすれば楽だよ」
オウバはみぞおちの辺りで腕を交差させ、きゅっと引き締めた。
杏奈よりもわずかに小さいJカップを二の腕に乗せて安定させる。
「こうやって胸を支えてあげると楽なんだ! やってみて」
おずおずと杏奈もオウバと同じように胸を乗せ、ウェストをキュっと締めた。
Kカップが溢れるんじゃないかと思うくらい更に強調される。
でもそのおかげで杏奈の胸のポインポインが止まった。
「あっ、本当だ」
「でしょ?」
「うん、楽ちん。ありがとう……オウバさん……」
結構な人見知りの杏奈は、オウバの目を見ずに礼を言う。
そんな杏奈を見ても、オウバは笑顔を浮かべた。
「もう他人行儀なのはよしてよ。一緒にマリオンと戦った中でしょ?」
「でも……」
「オウバでお願い! オウバもアンちゃんで良いかな?」
オウバのスカートの中で何かがもぞもぞ動いていた。
「えっ? あ、えっと……うん……わかった」
「やったぁ! あらためてよろしくね、アンちゃん!」
オウバのスカートからピンと垂直に立った尻尾が飛び出した。
(そういやシャギとオウバは猫耳娘だっけ。となると、この反応は喜んでる? リアルネコみたいに?)
「うん、オウバよろしく」
杏奈は顔を真っ赤に染めて微笑む。まるでニムと一緒にいるときみたいな幸せそうな顔だった。
すっかり仲良くなった杏奈とオウバ。
二人とも立派な胸を安定させるためとはいえ、その体勢は元々大きな胸をより強調して見せていた。
俺は紳士だからさすがに目のやりどころに困ってしまい、視線を外す。
「なによ、文句ある?」
と、意図せずシャギと目が合ってしまった。
確かに彼女も胸はあるが、杏奈と妹のオウバのものと比べると、かなり見劣りしてしまう。
正直、比較してしまえば残念だ。
「あ、いや、そういうわけじゃ……」
「そういうわけってどういうわけ?」
「いやだから別にシャギの胸がどうのこうのというわけじゃ……」
「ああん!?」
シャギは眉間に皺を寄せ、刃物のような視線で俺を切り裂く。
完全に墓穴を掘ってしまっていた。
その時、ゆらゆら揺れていた馬車が止まった。
「ほら着いたわ! 降りるわよ!」
シャギは眉を吊り上げたまま、一人ズカズカと幌を降りて行く。
(あとでちゃんと謝っておかないと……)
そう思いつつ俺は杏奈たちと馬車の外へ出る。
シュターゼン国城下町から他の交易街道に分岐する丁度交差点。
そこには屋敷のような、立派な建物が立っていた。
二階建ての建物には沢山の窓が設けられて、陽の光を浴びて輝いている。
屋敷をぐるりと囲む草木の塀には色とりどりのバラのような花が咲き乱れ、美しい。
立派でデザイン性を感じさせる鉄柵門。
その上にはアルファベットのような筆記体で、文字が書かれていた。
「ここが私たちのお店”魔法道具店グリモワール”よ!」
さっきまでの怒りはどこへ行ったのか、シャギは自慢げにそう叫んで鉄柵門の前に立つ。
すると門がわずかに紫の輝きを帯びると、自動ドアみたいに開いた。
「さっ、行きましょうサラマンドラさん、アンちゃん」
俺と杏奈はアイス姉妹に付いて行き、立派な建物の中へ入ってゆく。
二階建ての建物の中は上の階まで吹き抜けていて広々とした空間が広がっていた。
まるでカフェのようにたくさんの机があって、カウンターのようなものもある。
少しの間放置されていたらしく、机にはうっすらと埃が被っていた。
「ここがオウバの担当しているカフェスペースだよ。奥に姉さまが担当している魔法道具の販売所と、外に道具の試射場があるの」
「ご覧の通り、ちょっとお店を大きくしすぎちゃって正直私とオウバでは手に余っちゃってるのよ。二人が少しの間でも良いからお店の運営を手伝ってくれると嬉しいんだけど。その間生活の保障はするし、貴方たちが満足するまでパーティーを組むわ」
初心者冒険者である俺達にとってSランクのシャギの提案は願っても無いことだった。
まだほんの短い付き合いとはいえ、先日の決戦を潜り抜けた間柄なのだから、信用していないわけではない。
しかし、
「なんでまたそんな破格な条件を? 別に俺と杏奈じゃなくても良いんじゃ?」
俺がそう聞くとシャギはにやりと笑みを浮かべた。
ちょっと怖い。
「正直言うと、精霊様は杏奈とセットだから。むしろ目的は杏奈よ」
「うん! アンちゃん、ニム殿下から聞いたよ? お料理凄く上手なんだって! 姉さまがお料理全然だめで、オウバがカフェスペースの調理から配膳まで一人でやってるの。これが結構大変で……しかもお店の売り上げの半分以上をカフェが占めてるから、手も抜けないし。ほんと姉さまがちゃんとお料理できたり、お皿とかカップとかをたくさん割らなきゃお手伝いお願いできるだけどね」
オウバは実の姉へえげつないほどズバズバと低評価を下す。
ちょっと怒りんぼうなシャギも、事実なのか苦笑いを浮かべるだけだった。
「ま、まぁ、私はこの店の運営責任者だし。お金の工面とはそういうのは私がやってるし! オウバ、そういうの苦手だし!」
「アンちゃん可愛いし、お客さんも喜んでくれると思うんだ。だからオウバと一緒にカフェをやってくれないかな?」
オウバは姉を無視して、杏奈へ提案する。
(結構な人見知りっぽい杏奈にできるかなぁ)
と、ちょっと心配な俺。
「杏奈、どうする?」
「えっ……?」
「任せるよ。俺は杏奈の判断に従う」
「うーん……」
やっぱり杏奈も不安なのか、言葉を濁していた。
「あはは、急にごめんね。無理なら無理でも良いから……」
「そうよね。いきなりごめんなさい。気を悪くしないでね」
アイス姉妹は凄く申し訳なさそうに、勝手に盛り上がっていたことを反省していた。
「やって、みようかな……?」
杏奈はおずおずと声を上げた。
「ホント!?」
「う、うん。でもこういうことやったことないから、色々と迷惑かけると思うし……オウバ、色々と教えてくれる?」
「もちろん! 一から十まで、ううん、百まで千までぜーぶん手取り足取り教えるよ! ありがとうね、アンちゃん!」
感極まったぽいオウバはそうまくし立てながら、杏奈に抱き着く。
満更でもない様子の杏奈は顔を少し赤くしながらオウバを抱き留めた。
二人のJKカップがムニムニ、ムニュムニュ潰れて、目のやり取りどころに困って視線を外す。
「なによ、また?」
またまた意図せずシャギと目が合ってしまった。
「あ、あ、いや! そうじゃなくて! じゃあ俺のここでの仕事はなんなのかなぁーって! シャギの、て、手伝いかな?」
「いいえ、違うわ。サラマンドラさんにはもっと的確な仕事を考えているわ」
その時、突然店の扉が開いた。
急に外の眩しい光が差し込んで、テーブルに被った埃がぶわっと巻き上がる。
「い、いた! アイス姉妹、戻ってらしたんですね!」
扉の向こうには肩で息をする、農夫のような男がいた。
「あら? お久しぶりね。店の再開は未だよ?」
「す、すみません。今日は店に来たのではなく、お二人に討伐依頼をお願いしに来ました!」
農夫の声から明らかに焦りが感じられた。
するとそれまで朗らかな様子だったシャギとオウバが表情を引き締める。
「何があったの?」
「昨晩、村の周囲にたくさんの足跡が! 恐らく魔物の連中が村を狙っています! 報酬は支払います! だからお助け下さい!」
農夫は必至な様子で懇願する。するとシャギは首をしっかりと立てに振った。
「わかったわ! 任せて! ギルドへの依頼はあとで正式に出しておいて! 行くわよ、オウバっ!」
「はい、姉さん!」
「杏奈とサラマンドラさんも一緒に! 準備するわよ、こっちへきて!」
こうして俺と杏奈はなし崩し的に、魔物討伐に乗り出すことになったのだった。




