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73:世界を変えたのは

 ファーストダンスの後は自由時間となり、皆思い思いにダンスや歓談を楽しんでいたけれど、私といえば挨拶の波に晒されて溺れそうになっていた。


 今まで遠巻きにしつつ声をかけるタイミングを図り兼ねていた人達が、この機会にと後から後からやってくる。魔爵家以外からの挨拶もあり、正直顔も話した内容も覚えきれない。記憶力アップの魔術とかないのだろうか。どうか私にかけていただきたい。


 思わず漏れそうになるため息を、こっそりと噛み殺した。

 きっと天人の瞳が発覚しなければ、私なんて見向きもされなかっただろう。こうしてチヤホヤされる状況に慣れる日なんて来るのだろうか。もう疲れてきたし、お腹も空いたし帰りたい。


 そんなことを思いながら必死で笑顔を貼り付けてしばらくたった頃。私の隣で目を光らせつつフォローしてくれていたアーネスト様が、絶妙なタイミングで挨拶の波を切り、私を会場外へと連れ出してくれた。


 ようやく休憩できるのかと、ほっと胸を撫で下ろす。安堵のあまり朦朧としながら人気のない裏通路を歩いていると、やがて一つの扉の前でアーネスト様の歩みが止まり、そしてノックもなしにその扉を開けた。


 そこは休憩用に使われる部屋なのだろうか。中にはゆったりとしたソファとテーブルが備えられており、そしてその近くにはたくさんの料理やスイーツが並べられたブュッフェテーブルまで見える。


「美味しそう、です……」


 思わず頭に浮かんだままの言葉を呟くと、アーネスト様にくっと笑われた。


「会場では落ち着いて食事もできないだろうからね。別室に用意させていた」

「お気遣いありがとうございます。とても嬉しいです」


 アーネスト様のこの先回り能力は、本当に有難いし素敵だし格好いい。見上げた先にある美貌が、より一層きらきらと輝いて見える。心からの尊敬と感謝の眼差しを送っていると、部屋の中へと誘導された。


「とりあえず座れ」


 促されるままソファに身を沈めると、なんだか一段と疲れを自覚して大きく息を吐いた。


 頑張って習得し直したダンスは結局、アーネスト様と踊った一曲だけだったけれど、全然途切れない挨拶攻撃に心も体もヘトヘトだった。話が長くなりそうな人は適当なタイミングでアーネスト様が切り上げてくれてはいたものの、それでも私にとっては重労働。こんなに知らない人と会話をする機会なんて、滅多にないだろう。一生分の挨拶を受けた気になってくる。


 暫しぼぅっとしていると、私の前にはいつの間にかドリンクと一口大の料理が綺麗に盛り付けられたお皿が置かれていて、ハッと意識を取り戻す。それと同時に自分の料理も取り分けてきたアーネスト様が隣に腰掛けて、じんわりと胸が温かくなった。


「申し訳ございません。気が抜けておりました」

「慣れないことで疲れただろう。主要なところの挨拶は受けたし、食事をとったら今日はもう引き上げる」

「かしこまりました」


 もう会場に戻らなくて良いと思うと、途端に心が軽くなる。そしてアーネスト様の選んでくれた料理を見ると、私の好きなものが並んでいて余計に嬉しくなった。


「料理、取り分けてくださってありがとうございます。アーネスト様は本当に素敵です」

「はいはい。いいからさっさと食べろ」

「ふふ。いただきます」


 きっと会場で食べれば味なんて分からなかったであろう料理も、アーネスト様と2人で食べるという状況のおかげで心置きなく味わえる。それに、おそらく会場では立食形式で出されているだろう料理を、こうして座っていただくのもなかなかない状況で、楽しい気分になった。


 アーネスト様と一緒にお代わりしたり、お腹の空きと相談しながらスイーツにも手を伸ばしたりと、普段とは違う夕食を存分に堪能する。


 ビュッフェ形式はとてもいい。好きなものを好きなだけ食べられるのはもちろん、普段あまり察せられないアーネスト様の食の好みがなんとなく分かる。私もアーネスト様の好きなものをお皿に並べられる妻になりたい。

 そんなことを思いつつ、欲張ってとってきたスイーツを上機嫌で食していると、アーネスト様が小さく笑った。


「すっかり調子が戻ったな」

「緊張から解放されて、お腹も満たされましたので。でも甘いものを食べているうちに、挨拶してくれた人の顔と名前が頭から抜けていった気もします」


 特に後半挨拶をした人は、かなり朧げな記憶になってしまった。どうしよう。ミリアーナと散策する時に、見かけた人は片っ端から名前を教えてもらっておこうか。ボーッとして何か変なことを口走ったりしなかったかも心配になってくる。


 ちょっと手を止めて悩んでいると、アーネスト様が気にするなと言ってくれた。


「十魔侯爵当主くらいは分かる方がいいが、他は忘れたら忘れたでいい。地爵はあまり関わることもないし、魔爵は向こうが覚えてもらおうと努力するだろう」

「なんといいますか、立場が変わり過ぎて現実味がありません」


 ほんの2ヶ月前まで叔父一家にいいように使われる底辺身分だった私が、魔公爵の婚約者で王家の後ろ盾もあり更に天人の瞳まで持つ高貴な身分になるなんて、誰も想像できないはずだ。私が一番びっくりしている。


「祝賀会で絶縁を宣告された時の私に未来を教えても、絶対に信じないと思います」

「僕も自分がたったの2週間で婚約を決めたうえ、その相手が天人の瞳を持っていたなんて言われても、信じないだろうな」


 お互い不思議な思いで顔を見合わせる。生きる世界が全く違った私達が、今こうして並んで寄り添っているなんて奇跡のようだ。


「まぁ、せっかく下にも置かない扱いをされるようになったんだ。素直に喜んでいればいいさ」

「そうですね……。アーネスト様に釣り合えると思えば、喜べる気もします」


 とはいえ、天人の瞳のせいでアーネスト様やマリアには疑いをかけられるし、検査でも胃の痛い思いをしたし、変な人に絡まれるしでなんだか散々だった気もする。そのうえ今日は挨拶攻撃で疲弊させられた。


 物語の中で特別な能力が発覚したら、もっとこう、楽しく幸せで喜べるイメージがあるけれど、現実ではこんなものなのだろうか。

 いや、婚約当初に覚悟した身分違いの苦労を味わった後であれば、その有り難みも身に染みたかもしれない。きっと今のこれも、贅沢な悩みなのだ。そう自分に言い聞かせつつ遠い目をしていると、アーネスト様が小さく笑みを浮かべた。


「君の能力を喉から手が出るほどに欲しがる者もいるというのに、本当に君は変わっているな」

「そう、でしょうか。でもアーネスト様だって、私が天人の瞳を持っているかもしれないと分かった時、喜んでくださいませんでした」


 むしろ喧嘩の原因になったのにとちょっと非難を込めてアーネスト様を見ると、すっと目を逸らされる。


「僕は……。君が僕のそばで呑気にしているのなら、天人の瞳を持とうが持つまいがどうでもいい。だがその力のおかげで君が周囲に侮られて傷つく可能性が減ったのであれば、まぁ、良かったと思っている」


 やや早口で告げられた言葉は、要するに能力なんてどうでもいいから私にそばにいて欲しいということだろうか。魔術師であるアーネスト様の方が天人の瞳の価値を分かっているだろうに、それより私個人に重きを置いてくれるなんて嬉しい。どうしよう、顔がにやけてくる。


「私も、アーネスト様が魔公爵であろうとなかろうと変わらず好きです。もし魔術師を辞めたくなられたら、私がアーネスト様を養います」


 思わず調子に乗ってそう宣言すると、アーネスト様が驚いたようにこちらを見て、そして珍しく声をあげて笑った。


「これはまた、大きく出たものだな」

「私もこの能力のおかげで、結構な額をいただけるようですので」


 天人の瞳手当に加えて実働でもかなりの金額を支給してもらえるので、頑張ればあのお屋敷を維持することくらいはできるだろう。きっと能力者が他国へ逃げないよう囲い込む為と思われるが、説明を受けた時にはこんなにもらっていいものかと恐れ慄いたものだ。でも私にとっては大変有難い。


「この僕を養おうなどと考えるのは、君くらいだろうね」


 やがて笑いをおさめたアーネスト様が、私に向き直った。楽しそうに輝く赤の双眸は、まっすぐに私を見つめている。


「君といると、今まで見ていた景色がまるで初めて見るもののように感じることがある。新しく知る自分も湧き起こる感情も、苛つくこともあるが、なかなかに楽しい」


 伸ばされた手が、優しく私の頬を包んだ。


「僕の世界を変えたのは君だ、セリーナ。だからその責任をとって、このままずっと、僕のそばにいるように」


 その言葉に、どうしようもなく胸が高鳴る。まるでプロポーズのようではないだろうか。

 頬に添えられた手に、そっと自分の手を重ねた。


「私もアーネスト様に、世界を変えていただきました。どんなに感謝しても足りませんし、ずっとずっと一緒にいたいです。アーネスト様の隣は、誰にも譲りません」

「まったく、頼もしいことだ」


 笑みを含んだ声と共に、アーネスト様がそっと私を抱き寄せた。


「僕の前に現れたのが、君で良かった」


 そして噛み締めるように言われた言葉に、これまで共に過ごした日々が鮮やかに甦ってくる。


 私も同じだ。あの祝賀会にいたのが、手を差し伸べてくれたのが、好きになったのが、思いを返してくれたのが、アーネスト様で良かった。他の誰でもない、アーネスト様だったからこそ今がある。


 何もかもを失って空っぽになっていた私に、溢れるほどの幸せをくれた人。私を守り、慈しみ、導き、支えてくれる人。

 誰にも代え難い、大切な人。


「私も、拾ってくださったのがアーネスト様で良かったです。本当に、ありがとう、ございました」


 この短い間に、いったいどれほどのものを貰っただろう。思い返すほどに、胸がいっぱいになる。


 感極まって少し涙が滲んだ私の言葉に、アーネスト様が相変わらずだなというようにちょっと笑った。ぎゅっと抱きしめる腕に力がこもって、幸せと喜びが込み上げてくる。


 やがて身体が離されて、自然とアーネスト様を見上げた。視線の先の赤の双眸は、きらきらと美しく輝いている。


 私の、大好きな色。その瞳が私に近づいて、胸をくすぐる甘い期待に、そっと、目を閉じた。




これで本編完結です。

いいねやブクマ、★応援ありがとうございます!

とても嬉しく受け取っております。


感想もありがとうございます!

アーネストが目にできたのは『きちんとした貴族のご令嬢??』な叔父に反撃するセリーナでしたが、

アーネストはセリーナのそんなところも、とても気に入って惚れ直したはず!です



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― 新着の感想 ―
[良い点] 人を見て救われて純粋に慕う姿が素敵だった そして慕い方も最初は迷惑じゃないかと相手の事を考える所から行く所がちゃんと相手を思う感じで、相手の事情を考えると言う描写がテンポよく書くためなのか…
[良い点] タイトルに偽りなし。二人とも、かわいくて格好良くて、楽しく読ませていただきました。 [一言] 世界が変わった二人に、幸いあれ、と祈ります。 幸せという完結まで書ききってくださって、ありが…
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