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23:とてもいい日

 敷地から外へ出ると、辺りにはファンセル邸のように正に高位貴族様というような豪勢なお屋敷が並んでいるようだった。馬車の窓から見える綺麗で大きな門とその奥に垣間見えるお屋敷は、どれも凝った造りで見入ってしまう。おそらく王都の貴族街の一角なのだろうが、ひとつひとつの敷地がとても広い。


「高そうなお屋敷がたくさん……」


 思わず思ったことが口から漏れてしまって、アーネスト様にふっと笑われた。


「ここは魔爵家の本邸が並ぶ場所だからね。だが廃域にも近く、魔爵家以外には安心して住めない危険な場所に見えるらしい。だから土地が売りに出てもなかなか新たな買い手は見つからない。意外と土地代は安いんだけどね」

「廃域の近くと言われると、購入を躊躇う気持ちも理解できます」


 王都は廃域に近く、それに沿うように細長い。なぜそんな場所に王都があるのか疑問も浮かぶが、大昔廃域の魔物と争っていた最前線の街が、そのまま今の王都となったと言われている。

 力のある魔爵家はその職務ゆえ廃域付近に集まるため、自然と人も集まり、行政の中心もそこに構えられた。そして今もその構図は大きく変わらず、たまに王都移転の案は出るものの、実現することはないようだ。


 ちなみに廃域近くには警戒区域があり、そして国の内部へ向かうにつれ魔爵家の屋敷のある区域、商業区域、魔爵家以外の居住区域、そして行政区域といった感じで層のような構図になっている。


「でもとても綺麗で住みやすそうに見えるので、土地が空くのはもったいない気も致します」


 初めて見た魔爵家の居住区域は、道の舗装もしっかりされており馬車が道のせいでガタつくこともない。危険とはほど遠い、静かでとても良い場所に見えた。


 この4年ほど移動中の景色を楽しむなんて心の余裕もなかったため、久しぶりの純粋に楽しめるお出かけで窓から目が離せない。移りゆく景色をひたすらじっと眺めてしまう。


「楽しいか?」


 アーネスト様から笑いを含んだ問いかけがきて、窓から視線を外して振り返る。そしてふと思った。魔術で移動できるアーネスト様がわざわざ馬車を出してくれたのは、私のためかもしれない。


「はい。長く屋敷内に篭る生活をしていたので、流れる景色を見るだけでとても楽しいです」

「そうか」


 簡素な反応だけれど、その声色もほんの少し細められた赤の双眸も優しい。


「連れ出してくださって、ありがとうございます」

「ああ」


 綺麗な服を着て、優美な馬車で、安心をくれる素敵な人と出かけている。自然と笑みが溢れて、また視線を外へと移した。


 火傷の跡を癒してもらった日から輝きを取り戻した私の周りは今、さらにその輝きを増していた。








 お屋敷やお屋敷周りの環境でもアーネスト様との格差を十分に感じていた私だが、連れてこられたところでもそれを目の当たりにしていた。


「さぁ、選ぶといい」


 お店へ入るなり超低姿勢な店員さんがそばに付き、案内されたのはシリーズものの高級家具が展示されたスペースだった。


 全く予想もしない場所に連れてこられて混乱する。選ぶといいと言われても、何を基準に選べばいいのかわからない。


「あの、どのお部屋用に選べばよろしいのでしょうか」


 説明を求めてアーネスト様を見上げると、なんでもないようにとんでもない返答がきた。


「君の部屋さ。どうやら僕の屋敷の居心地を気に入っているようだからね。今の客間は手狭だろうから、2階に部屋を設けることにした。女性は家具にこだわりを持つんだろう? この機会に家具も好みのものを揃えるといい」

「わ、私の……!?」


 アーネスト様は、あのお屋敷に私の部屋を作ってくれるらしい。ものすごく嬉しい気持ちが心に湧き起こるが、同時に家具まで買ってもらうのは申し訳ないという気持ちも湧いてくる。


「お部屋はとても嬉しいのですが、家具まで揃えていただくのは申し訳ない気持ちが致します」

「どうせ金は溜まる一方なんだ。たまには散財して経済を回してやるのも悪くない。今ある家具は支援している医学院の寮にでもくれてやるさ」

「ですが……」

「やれやれ、ここまで来て何も買わないとあの店員がショックを受けるよ?」


 呆れたように言われて視線で示された方を見ると、案内してくれた店員が所在なさげに佇んでいた。


「あ……」

「君は僕の経済状況を気にしているようだが、この店を丸ごと買い取ったところでなんともない。いらない気をまわさずに家具選びに集中することだ」


 そう言われて、変に遠慮せずにご厚意に甘える事にした。それにアーネスト様の提案は信じられないほどに嬉しい。思わず組んでいた腕にぎゅっと抱きついてしまう。


「とても嬉しいです。ありがとうございます」


 部屋を、それも私好みの家具まで揃えて整えてくれるのは、私があのお屋敷に留まって良いと言ってくれているに等しい。アーネスト様がこうして歩み寄ってくれるたびに、どうしようもなく幸せを感じる。


「っ、そんなに家具が好きなら、早く選ぶといい」

「アーネスト様が私に部屋を与えようとしてくださるのが嬉しいのです」


 美しいガーネットの双眸を見上げる。みっともなく笑み崩れた顔をしているかもしれないが、どうにも嬉しさを隠し切れない。


「頑張って選びます!」

「あ、ああ……」


 なんだか意気込みすぎてアーネスト様に引かれた気もしないでもないが、それすら気にならないほどに気分が高揚していた。


「ご希望の色はございますか?」

「そうですね、落ち着いた色合いのものがいいです」

「でしたらこちらの木目を活かしたシリーズや、あちらのブラウンとブラックを基調としたシリーズ、その隣のスモーキーカラーのシリーズもおすすめです」

「どれも素敵ですね」

「どうぞお近くでご覧ください」


 嬉しそうな店員さんと嬉しい私があれこれ話しながら家具を決める間、アーネスト様は急かすでもなく静かに見守ってくれた。

 とはいえお待たせするのも申し訳ないので、あまり時間をかけずに優しい色合いの木目を活かした家具シリーズに決め、再度アーネスト様にお礼を伝えた。


 家具が届くのは数日先らしいが、待ち遠しい。買い物を終えてふわふわとした心地のままに店の出口へと向かう。


「思ったより早く済んだが、ついでにこの辺りで昼をとって帰るか。何か希望は?」

「こってりしたものよりは、あっさりめのものが嬉しいです」


 久しぶりの外出に久しぶりの外食もプラスされて、思わず笑顔になる。実は全て夢でしたと言われても納得してしまいそうなほど、今日はとてもいい日だ。そんな呑気なことを考えながら、店を出て馬車に乗り込もうかとした時。

 不意にアーネスト様が、その動きを止めた。


「いかがなさいましたか?」


 振り向いたアーネスト様が見つめる先を私も見てみるけれど、特段気になるものは見つからない。アーネスト様はしばし考えるようにそちらを見つめた後、結局どうすることもなく視線を外した。


「いや、まぁいい」

「?」


 よく分からないけれど馬車に乗るよう促されたので、とりあえず乗り込むことにする。私は王都のお店に明るくないので昼食をとるお店もアーネスト様任せだが、今なら苦手なものでもたやすく完食できるに違いない。


 そんなことを思っていたけれど、アーネスト様が選んでくれたのは私の好きなお魚が売りのお店だったので、嬉しさも手伝って久しぶりにきちんと成人一人前の食事を完食できたのだった。


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