製本
「エディ!おかえりなさい!早かったのね!」
まだ出かけてから2週間は経っていないはず。
「天候にも恵まれて、思いの外順調だったからな。で、楽しそうになんの話をしていたんだ?」
「吟遊詩人の話をしてたの」
私の言葉に、エディがうなづいた。
「ああ、ラブレター宣伝大使だったか。タズリー領でも代筆屋をみんなでやるか?」
エディが私とメイシーの顔を見た。
「アルがいないから、代読屋と代筆屋を二つやるのは無理だけどな」
バクンと心臓が跳ねる。
エディのなんでもない言葉。ただ、アルの名前が出た、それだけで……。顔が強張った。
まだ、ダメだ。
名前を聞くだけで……、自分でも不思議なくらい心が波立つ。
切なさとか、愛しさとか、懐かしさとか、寂しさとか……もう、何の感情かわからない波が荒れ狂っている。
メイシーが、私を心配そうな顔をして見ている。
私、そんな心配させちゃうような表情してる?……だめだ、エディにも心配かけちゃう。
笑え、何でもないことだと……。笑って、何かいわなくちゃ……。
「エ、エディ様、代筆屋では事件に巻き込まれたりしたので……」
メイシーがいつまでも言葉が出ない私の変わりに、エディに返事をしてくれた。
「ああ、そうだったな。すまない。配慮が足りなかった」
エディは、私のアルへの気持ちは知らない。
私の不審な様子は、メイシーの言葉を信じて、さらわれたことを思い出したためだと思ってくれたようだ。
「エディ、平気だよ。ほら、これ見て!」
ぐっとお腹に力を入れて声を出す。本を書き写し終えた紙の束をエディに見せる。
「これは?」
「写本したの。とっても素敵な物語だったから、手元に置いておきたくて」
「ここにある本は、もうリリィーのものも同然だよ。手元に置いておきたかったら好きに持っていっていいんだよ?」
エディが優しく笑った。
「ダメよ、この本は、本大好きな私やメイシーが初めて見た本だよ?もしかするとこれ1冊しか世の中に存在しないかもしれない。もし、この本を紛失したら、この物語はもう誰にも読まれなくなっちゃうんだから!」
本の話をするうちに、波立っていた心がすこし落ち着いた。
「そうですよ、エディ様!この本も、この本も、こっちの本も、文章の感じからすれば同じ作家が書いたものだと思われます。文字も一人の手でかかれたようです。もしかすると、原本であり、写本が1冊も存在しない可能性すらあります!」
と、メイシーが私以上に熱く語った。
「そういえば、何代か前に嫁いできた令嬢が、多くの物語を残したと聞いたことが」
エディの言葉に、私とメイシーは顔を見合わせた
「「それだーっ!」」
これだけの名作がそろっているのに、私もメイシーも全く知らなかったのは、書いた本人が製本して本棚に並べて誰にも見せることなく亡くなったからに違いない。
っていうことは……。間違いなく原本。写本はないわけで……。
「メイシー、他の本も書き写しましょう!」
「ええ、リリィー!書き写して王都の読書好きに広めましょう!きっと皆さん写本してどんどん広めてくださいますわ!」
「ああ、じれったい!私の体が100あれば、次々写本できるのにっ!」
1冊書き写すのに10日かかった。メイシーと二人で10日で2冊だ。
たくさんの人に読んでもらいたいけれど……写本が増えるまではなかなかそうもいかないよねぇ……。はー。
次の日、エディは領地を回った後の書類仕事があるということで、私とメイシー二人でお出かけすることにした。
写本した紙束を持って、製本業者に製本の依頼をしに行くのだ。
「楽しみですね、リリィー」
「本当ね、メイシー。今まで製本してもらったことはあったけれど、工房を見たことはなかったものね!」
今回も、業者に来てもらって依頼することはできたけれど、足を運ぶことにした。昔の私なら絶対しなかっただろう。工房があるのは街だ。貴族令嬢が街へ足を運ぶ機会は多くない。
だけれど、半年の市井生活で、私もメイシーも街の楽しさを知ってしまったのだ。
とはいえ、さすがにお忍びでふらふらするつもりはない。今日は、貴族令嬢として護衛やお付きのものを何人も連れての工房見学兼製本注文だ。
「表紙はどのように致しましょう」
ずらりと並べられた表紙見本。
普段見るものは、馬や牛の革が使われている。が、見本として置かれているものは、紙を何枚も重ねて張り合わせたものや、板。それに、蔦を編んだものなどいろいろとあった。
「うわー、初めて見た。表紙って革で作るものだと思ってたよ」
メイシーもうなづいている。
「こちらの板は、書類を閉じるために主に用いられます。お嬢様が本棚に並べられるのであれば、やはりこのあたりのものが」
そうか。木は書類用なんだ。紙を何枚も重ねて張り合わせた厚紙は、試作品らしい。木は割れてしまうため、他に何かないかと作ってみたそうだ。まだ耐久性など不明なため薦められないらしい。
結局、長く大切に保存して代々残すのであれば革がよいということで、革にすることに。
「装飾はいかが致しましょう?」
表紙に宝石をちりばめることもあるが、私もメイシーも過度な装飾は好まない。読むとき邪魔なんだよね。
「では、飾り印はいかがですか?」
と、金属の棒を何本か見せられた。
「焼き印で、表紙を飾ることができますよ」
花や小鳥などいくつかの絵の焼き印見本を見せられた。
「あ……」
タイトル用の焼き印もあった。一文字ずつばらばらになった金属の焼き印だ。
「メイシー、これ!」
ぽんぽんと、押すだけで文字がかける。これならば、もっと早く簡単に写本できるんじゃない?
いや、一文字ずつ選んで押して、次の選んで押してって、書くより時間かかるか。
でも、あらかじめ並べておいたら?それをぽんって押せば?
例えば、1ページ分。並べるのに時間がかかったとしても、そのあとはぽんぽんと押すだけなら早いんじゃない?
メイシーに話すと「同じ文字がとてもたくさん必要になりますよね?」と言われた。たくさんあればできそうってこと?
表紙の注文を急いで済ませる。
「焼き印はどこで作ってるんですか?」
何か、できそうな気がした。
場所を教えてもらって、今度は焼き印を作っている工房を訪れる。




