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第三十一話 師匠



「雇うと言っても、(わし)はもう現役を退いた相談役だぞ?」

「俺の領地の専属になってくれ。報酬は今の倍を出す」


 ライナーは堂々と言い放つが、当のノーウェルはひたすら困惑していた。


 食事の話を始めて、移動経路を聞かれたと思ったら。次の瞬間には唐突にスカウトが始まったのだ。

 彼からすれば会話の流れが、意味不明なところに飛んでいる。


「お裾分けの現物支給だから、倍と言われてもなぁ……。まず、どうしていきなり」

「直感だ」


 一方で蒼い薔薇のメンバーは。

 ライナーがあの状態なら、触らない方がいいとばかりに。

 後方で固まってひそひそ話をしていた。


「また始まったよ」

「始まりましたわね」

「どうする?」

「……様子見ですかね」

「……ん」


 と、彼らが村の入口で話し込んでいれば。


「団長! 大変だ!」

「ん、おお。どうした」


 村人の一人が、慌ただしく走り寄ってきた。

 粗末な麻の服を着た青年は、すぐに東の方を指して叫ぶ。


「東門の方に、バジリスクの群れが迷い込んできた!」

「数は?」

「十頭!」


 バジリスクとは、たてがみが生えた巨大な毒蛇だ。

 地域によって色や形は様々だが、大体の場所でB級上位に位置付けられている。


 それが十頭となれば、相当の被害が予想された。

 少なくとも、普通の村なら壊滅的な被害を被ることは間違いない数だ。


「……行こう」

「ええ、助太刀致しますわ!」

「そうだな、武器を降ろすぞ!」


 そして、蒼い薔薇とてB級の実力はある。

 何はともあれ住民を守るべく、彼女たちは参戦しようとしたのだが。


「それくらいなら一人で十分だ。男衆には守りを固めさせておけ」

「分かりました」

「え?」


 ノーウェルはあっさりと援軍を断り、村人もさっさと回れ右をしていった。


 呆気に取られたリリーアとセリアの横を、肩を回しながら通り過ぎて。

 彼は意気揚々と出陣する。


「領主の手を煩わせるまでもない。――征くぞッ!」

「えっ、速っ!?」


 スタートを切ったノーウェルは、一瞬で加速して飛び出して行く。

 後には土煙だけを残し、みるみるうちに後ろ姿が小さくなっていった。


 もちろん全員驚いたが、一番驚いているのはライナーだ。


「まさか……俺より速いか?」

「そんなことはどうでもよろしい! 追いますわよ!」


 呆けているライナーの首根っこを捕まえて、彼女たちも走り出した。






     ◇






「ギュアアアア!!」

「甘いわ!」

「ギュエッ!?」


 駆けつけた頃には既に七体が沈み、ノーウェルは八体目に取り掛かっていた。

 しかも彼は武器や防具を身に着けておらず、素手で魔物を転がしている。


「キシャァアアアアッ!」

「無駄だ」


 ノーウェルの背後から襲い掛かる大蛇が横薙ぎに尻尾を振るった瞬間。

 彼は姿勢を低くして、指一本分くらいの距離で避けた。


 後頭部に目がついているかのように完璧な回避を披露した直後、そのままの流れで身体を反転させて、カウンターの飛び蹴りをかます。


「背後からなら当たると思うたか。この愚か者がッ!」

「ギュボッ!?」


 大蛇は腹を支点にして体をくの字(・・・)に曲げて、数メートルほど吹き飛んでいく。

 常人の筋力では確実に無理な芸当だ。



「……なんですの、アレ」

「……また人外か」


 彼女たちが最近関わったのは。一芸を持つ代わりに、何か人間として大事なものが欠けている者ばかりだった。


 ドラゴンだったり、ドラゴンと心を通わす青年だったり。

 異様に話が早く、淡々と遺書を提出させる受付嬢だったり。

 異常なほど素早さに執着する男だったりと。


 ドラゴンは別なカテゴリとして、まともな人間と出会った記憶が無い。


 変人と出会い始めた皮切りは、ライナーを雇った辺りからだ。

 それ繋がりで彼女たちは、彼と初めて出会った頃のことを思い出したが。


 ――ノーウェルの戦い方は、ライナーと全く違う。


 魔物の群れのど真ん中に突っ込んで、全ての攻撃を回避するまでは一緒でも。

 彼はそのまま攻撃に移り、徒手空拳で魔物を制圧していく。


 あれは、貧弱なライナーには無理な動きだ。


「バジリスクの皮膚って、そのまま鎧になるよね?」

「ええ、鱗の硬さは亜竜と同じくらいです」

「……鱗、砕けてるね」

「……砕けていますね」


 蹴りが着弾した地点には、綺麗な足跡が残っていた。

 既に倒れた他の八体を見れば、どの個体にも足や拳の跡がはっきりと残っている。


「トドメだ、小僧ッ!!」

「ギュオオオオ!」


 ノーウェルは噛みつきにきた頭を上段回しで受け流し、泳いだ身体を垂直に蹴り上げた。

 彼の足が百八十度に開き、モズの早贄(はやにえ)のような恰好でフィニッシュを決める。


「さて、後は血抜きと毒抜きをして終いだ。当分の酒代くらいにはなるか」


 そして、ピクピクと痙攣する大蛇を足元に放り捨ててから。

 状況が終了したと見た彼は、満足そうに腕組みをした。

 一方の蒼い薔薇はポカン顔である。


「えーっと……」

「ああ、ここではこんなもの日常茶飯事だ。いちいち驚いていたらキリがないぞ? はっはっはっは!」

「いえ、あの。そちらではなく」


 又しても豪快に笑い始めたノーウェルだが。

 面々が驚いているのは魔物の出現よりも、むしろ彼の戦闘力の方だ。


「今晩の宴にはこいつも酒の肴に……ん? どうしたライナー様」



 で。ライナーは今、絶望に打ち震えていた。 


 彼が戦闘を終わらせるまでに、二分もかけていない。


 彼なら毒を撒いてから十数分逃げ回って、仲間が居る場所まで誘導して戦うのだが。どう頑張っても戦闘終了までに、二十分はかかるだろう。


 十倍の早さだ。


 今のライナーよりも圧倒的に速い。

 むしろ彼は、己の遅さに愕然としていた。



 ――しかし。



「こ、これかァ――!」



 絶望は徐々に、彼の中で希望に変わり始める。

 俺の最終到達点はここだ、と。


「そうだ。遅効性の毒を撒くのは回り道。これが、最短の道か!」


 領地の開発には口を出すが、実務を取り仕切るのは代官になるだろう。


 蒼い薔薇の面々と共に冒険者を続けるのが日常になるならば。この方法が最も速く魔物を殲滅できる方法だ。

 間違い無い。


 瞬殺。瞬く間に殺す。


 目指すべき(いただき)が見えてきた彼の脳裏には、希望の光が差している。



「これが、俺の目指すべき場所か!」



 彼はそう叫んだ後、自然とノーウェルの方に歩み寄っていった。


「雇おうなどと思い上がりだった。師匠。是非、俺を弟子に」

「な、なんじゃあいきなり」

「弟子にしてくれ」


 最速を目指すならば。

 安全で最効率な方法だけでなく、最速で敵を片付ける方法も模索するべきだった。


 可能ならば、殴って倒すのが一番早い。

 それが真理だ。

 と、今の彼は、悟りを開いた気持ちになっている。


「いや、しかし領主を」

「しかしも何も無い。相談役だと言うなら、俺の相談に乗ってくれ。どうすればあの技を習得できるんだ! 修行の方法は!」


 猛然と食いついたライナーは、戸惑うノーウェルの肩を前後に揺さぶり頼み込んでいた。


「……どうしましょうか、アレ」

「……私知ーらないっと」


 また何か始まってしまったようだが、彼女たちにだって自分の領地があるのだ。


 いざとなったら、政務を理由に逃げられる。

 などと思い、遠巻きに見ていた蒼い薔薇の一行だが。


 誰よりもリアリストで判断の早いベアトリーゼは、既に撤退を始めていた。



 ライナーの師匠、二人目。

 全ての敵を瞬殺するべく、彼の修行が始まる。


 それはさておき次回、「リリーア様の優雅な日常」は22時頃の更新予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] レベルを上げて物理で殴ればいい。
[良い点] 意を消した最速の拳… そう、それは菩薩の…!!
[一言] 敵瞬殺した方が速いってのはツッコンだらダメなポイントかと思ってました
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