第92話 原始流
【ハウルベア】を突破し、曲がり角を抜けて歩みを進めるボクら。7対1で取り囲めばいくら強力なモンスターと言えど即座に仕留められる。なんだ、【レイド】なんて必要ないじゃないですか!
モンスターの気配を感知しつつ、【ドローン】に先行させながら好調にダンジョンを進んでいると……カチッというスイッチが切り替わったような音がする。
罠!?【パスファインダー】の力を使っても見逃してしまいましたか……。
その瞬間、ボクらを取り囲むように多種多様なモンスターが出現する!その中には【ハウルベア】もいた。
「グアァァオオォォ!!」
【ハウルベア】の咆哮が階層内のすべての場所に響き渡る。同時に、さらなるモンスターが通路の奥から雪崩のように飛び出してくる。
そう、【ハウルベア】の特性は超強力な仲間呼び。30層における無限の感知能力。それをスキルとして体現しているモンスターなんだ。
現れたモンスターは【シニガミ】が2体、【グレートゴブリン】が3体。【デザイアード】と呼ばれる人型の樹木精霊もいる。また、背後からも【アックスアサシン】2体が大斧を持って駆け寄ってくるのが〈ストリームアイ〉によって視認できた。
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>一瞬で駆けつけてきて草
>全員が感知してくる30層より遥かにやばくて草
>叫ばれる前に倒せばいいけど叫ばれるとひどいことになるのか
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「【アームズスイッチ】」
「«獄炎»【フルバーニング】!」
この範囲なら全員を巻き込める。そう判断し、大火力の爆発を瞬間的に発生させる。それを受けてゆうたさんの装着した鎧が一条の閃光を放ち、正面のモンスターたちに大打撃を与える。
今までの、少なくとも【フォッダー】の一般モンスターであれば確殺できるはずの超コンボだ。しかし、31層のモンスターに対しては致命打を与えるに至らない。
【フルバーニング】のダメージをたった1体のモンスターが肩代わりしたからだ。
仲間のモンスターたちが受けるはずだったすべてのダメージを引き受けて倒れ込む【ハウルベア】。こちらで言えば盾役に相当する、ぱーふぇくとな戦術をモンスターが利用してくる。これほどに厄介なことはないだろう。
【ハウルベア】の犠牲を意に介さず突っ込んでくる3体のゴブリンたち。それをめりぃさんの精霊が【タウント】によって受け止める。しかし、その後方にいた【デザイアード】はその効果を受けることがなく、精霊を無視してボクに巨大な丸太を撃ち込んでくる!
「【テレポート】!」
その丸太を【テレポート】によって回避し、【デザイアード】の背後に回り込んで【ソウルフレア】を叩き込もうとする。しかし、【デザイアード】は全身から衝撃波のようなものを発生させると、ボクを弾き飛ばした。
【ソウルフレア】は接触魔法である以上、叩き込む前に弾き飛ばされたら不発となる。勢いよく吹っ飛ばされてごろごろとボクが転がっていく最中にも戦況は動いていた。
【アックスアサシン】の1体が斧を高く振りかぶると、ゆうたさんに勢いよく振り下ろしたのだ。また、もう1体は同じように漆黒の翼さんを狙っている。
ゆうたさんは純盾役でこそないとはいえ、前衛を務める職業だ。本来ならば受け切ることができるはずだ。
しかし、ゆうたさんが盾で受け止めようとしても勢いはまったく抑えられず、そのまま盾ごと地面に叩きつけられてしまう。
漆黒の翼さんは逆に受け止めることをせずに無防備でその攻撃を食らい、倒れ込みながらも【アブソーブ】でHPを回復させた。
追撃をかけようとする【アックスアサシン】の斧に灑智が槍を撃ち込んで妨害すると、ゆうたさんは即座に起き上がり、【ファストチェンジ】によって装備を切り替えながら無防備の【アックスアサシン】に零距離で機関銃の弾を撃ち込んだ。
「助けてー!【シニガミ】に殺されるー!」
一方、ゴブリンたちを受け止めていためりぃさん(の精霊)は同時にやってきた【シニガミ】から逃げようとあたふたしている。割合ダメージを与える【シニガミ】の攻撃はめりぃさんにとって最悪の相性だ。なんとかしなければ!
「ゴブ蔵!」
「ゴブブゴブブブゴブブゴブブゴブ【ゴブゴッブブ】!」
ゴブ蔵が放った大津波が【シニガミ】と【グレートゴブリン】を押し流す。さらに彼らの頭上から赤く光るレーザー光線が降り注ぐ!
「【レーザー機能付き眼鏡】、さすがですわ♥」
視界から光線を撃ち込む【レーザー機能付き眼鏡】と、俯瞰視点でのぞき込む【クレヤボヤンス】の合わせ技だ。明らかに眼鏡じゃないところから光線が放たれていることにツッコミを入れてはいけない。
ボクもこんなところでぼんやり戦況を眺めている場合じゃない!【デザイアード】に接近戦は仕掛けられない。ならば、遠距離戦で攻める!
「【アブソーブ】!」
消耗したHPを【デザイアード】から吸収し、続けて【フラムブレット】を撃ち込む。
【デザイアード】は新たな丸太を生成して次々と撃ち込んでくるが、その程度の攻撃は当たらない。紙一重、最小限の動きで避けながら続けて【ブレイズスロアー】を放つ。
逆に【デザイアード】は機動力に欠けているらしく、ボクの炎属性攻撃すべてをその身に受けてHPを全損させた。
【デザイアード】が倒れたのを見て、弾丸の如き速度でボクは走り抜ける。次にターゲットに定めたのは【シニガミ】と【グレートゴブリン】の群れ。【ストレージ】から旗を取り出しながら、明日香さんを目がけて勢いよく振るう。
「【フリーコマンド:マジックコマンド】!」
「【ネガティブゲイズ】【指定:炎属性ELM】……さぁ、どうぞ♥」
「【フルバーニング】!!」
明日香さんのINTを増加させることで【ネガティブゲイズ】の出力を増加させ、ボクの【フルバーニング】のダメージを引き上げる!
すでに多数の攻撃を受けていたモンスターたちは粉微塵に砕け散り、アイテムへと変化していく。
モンスターをまとめて仕留めたところでゆうたさんのほうを見やると、すでに戦闘が終了していた。
正確には終わってはいないのだけど、【アックスアサシン】たちは麻痺や睡眠などありとあらゆる状態異常をその身に受けて、完全に鎮圧されている。
それを成したのはゆうたさんの機関銃だ。コンマ数秒ごとに銃を次々と切り替えていきながら、それぞれの機関銃に搭載された状態異常付与のエンチャントを嵐のように浴びせているのだ。
本来ならば【アームズスイッチ】の再詠唱時間は30秒であり、この光景は異常という一言に尽きる。
ゆうたさんは時々再詠唱時間を踏み倒しているかのような動きをすることがあったけど……。これは間違いなく……。
「【原始流】だねー。【ナイト】に伝わる5つの【流派】の1つなんだよね?」
【原始流】とは通常攻撃を強化する特殊な受動スキルだ。他にもめりぃさんなら【馬戦流】か【堅固流】。純白の翼さんなら【司令流】というようにいくつかの【流派】が存在する。ゆうたさんがあまりスキルによる攻撃をしないのは通常攻撃に特化した【原始流】を選択しているからなのだ。
そして【原始流】の保持者は6回攻撃するたびに消費MP6以下のスキルの再詠唱時間を踏み倒すことができる。
ゆうたさんが機関銃を欲しがっていたのは圧倒的な通常攻撃の回数を稼ぎたかったからなのでしょうね。
コンマ数秒ごとに装備を切り替えて変幻自在の動きを見せるゆうたさん。敵に回したくはない相手です。
「ゴブ蔵、あれが機関銃を使った戦い方らしいですよ。またの機会に試してみましょうか」
「ゴブ!」
【原始流】
[パッシブ][流派][条件:他流派/未取得]
効果:[通常][攻撃時]に[以下]の[効果]から[1つ][適用]する。
1.[物質干渉力]を[増加]させる。
2.[物質干渉力]を[低下]させる。
3.[ダメージ]を[増加]させる。
4.[ダメージ]を[魔法防御力]で[計算]する。
5.[ナイトフラッグ]を[加算]する。
卍荒罹崇卍の一口メモ
通常攻撃に特化した【流派】である【原始流】です。ゆうたさんがこれに特化した型であることは察していたのですが、如何せん見えないところで自然と働くスキルなのでわかりづらいんですよね。
5番目の効果はそれぞれの【流派】に共通する能力です。【流派】によって設定された条件を満たすことで『ナイトフラッグ』が加算されるのですが、【原始流】は一番条件を満たしやすいことで有名ですね
【タクティクスフラッグ:騎】
[パッシブ]
効果:[敵]の[攻撃]により[ダメージ]を[受けた]時に[ナイトフラッグ]を[加算]する。(最大8まで)
[アクティブ][呪文省略]詠唱時間:0s
効果:[ナイトフラッグ]を[消費]し、次の[効果]を[選択]して[発動]する。
1.[ナイトフラッグ]を[2つ][消費]し、[直後]に[発動]する[消費MP][1以上][6以下]の[ナイト][スキル]の[消費MP]を[0]にする。
2.[ナイトフラッグ]を[6つ][消費]し、[直後]に[発動]する[消費MP][1以上][6以下]の[ナイト][スキル]の[再詠唱時間]を[0]にする。
3.[ナイトフラッグ]を[8つ][消費]し、[直後]に[発動]する[消費MP][1以上][6以下]の[ナイト][スキル]の[効果時間]を[倍]にする。
4.[ナイトフラッグ]を[8つ][消費]し、[直後]に[発動]する[消費MP][1以上][6以下]の[ナイト][スキル]の[詠唱時間]を[0]にする。
卍荒罹崇卍の一口メモ
スキル回しの潤滑油、【タクティクスフラッグ】です。【ナイト】の条件は攻撃によってダメージを受けること。継続ダメージは攻撃に含まれないのでカウントされませんが、複数回の発動が行われるスキルなどは1回ごとにカウントされます。消費MPによる制限があるのでこれひとつで莫大なメリットを生み出すことは出来ないかもしれませんが、痒いところに手が届く感じのスキルですね。
各職業に別の条件でほぼ同一のスキルがあるのですが、【流派】のような外部拡張要素を持っているのは【ナイト】だけなんですよ。




