第81話 転式学院
記事を開いてみると、なんでも『転式学院』とやらに入学した初心者が1日で最強のゲーマーに変貌したとかなんとか。そういうステマじみたSNSの書き込みがバズっているらしい。
これは【フォッダー】での出来事ではなく、『バースト・クリエイション』と呼ばれるデジタルカードゲームにおける話らしく、直接の関連性はない。
しかし『転式学院』はあらゆるゲームについて習熟することができる素晴らしい教育機関で、高額の学費を支払えば学院生のいない環境では一瞬でトップに君臨できる。……と、あくまで噂として記事に仕立てている。
『イースポマニュアル』はこういう信ぴょう性不明のゴシップの類いは記事にしないサイトだと思っていたのだけど、路線を変えたのだろうか?『転式学院』とやらからお金をもらっているとか。
……それとも、『イースポマニュアル』はこの情報に確信を持っている?
ネットで『転式学院』について検索してみると、上位には『転式学院』のおかげで彼女ができました!とか優勝賞金で学費におつりがきますよ!などとSEOに最適化されたサイト群によるポジティブな話題が並ぶ。
ネットの下層まで掘ると入学金の割に合わないとか、ゲームのために学校に入るなんてアホかとかネガティブな話題も増えてくるけど、そんな下層でも、『転式学院』に入学しても強くなれない、などとは書かれていない。もちろんそういう書き込みもあるのだけど、ほとんどはエア入学による知ったかぶりの書き込みの範疇を出ていないように見える。
「1日で強くなれる学校ねぇ……。さすがに1日じゃ物理的に無理な気もしますけど」
「どうなされたんですか?」
「ん?ああ、超スゴイ級プロゲーマー養成施設みたいなのがネットで話題になってるみたい。そんな簡単に強くなれるのかなって」
「ステルスマーケティング、という奴では?」
「ま、そうだよね。そんな都合のいい話あるはずないし。金に物を言わせた大規模な工作活動か」
というわけで『転式学院』のことはスルーして改めて【A-YS】について調べることに。
幸いにして【A-YS】ガチ勢ことテトリスさんが制作したとされる超大規模な攻略サイトが簡単に見つかり、そこからゲームの基礎からマニアックな要素までひととおり確認できるようだ。
控えめに言っても、そこらのゲームよりはるかに充実した攻略サイトだ。特に攻略サイト自体が荒らしによって崩壊した【フォッダー】とは雲泥の差がある。
1層についてのページにも出現するモンスターから詳細マップ、宝箱の定期出現スポットなどが詳しく載っており、最効率のマップ周回ルートまで記載されている。
「1週間に1度宝箱が復活して1人1回ずつ回収できるんだ。へー。ガチ勢は1週間ごとに最深階層までマラソンしてそうですね。あっ、あのゴブリンを倒す方法って他にもあるんだ。割合減少系の攻撃が弱点で、それを使えば高速で削れる……奥が深いなー」
確かに安全地帯からの〈地形嵌め〉は敗北こそしないものの、かなりの時間を必要としていた。1週間ごとに周回する必要があるなら、負けないだけでなく効率よく倒していくことも求められるよね。
他にも【パスファインダー】なら宝箱やアイテムも察知できるなど、ゲーム内の情報には書かれていなかった詳細な仕様が記されている。
【フォッダー】をプレイしていたときに比べると情報を得たときの安心感が違うね。信頼できる情報を、わざわざ自分で確かめなくとも手軽に得られるゲームなんて、ひょっとしてこれ神ゲーなのでは??
そんな感じであらかたの事前知識を頭に詰め込んだボクは、久しぶりにARスポットにお散歩に出かけることにした。
家を出るとお空は真っ暗、しかし街灯は明るい。宙に浮かぶスポットライトのような街灯を浴びながら、公衆テレポーターで公園に向かう。
例によってベンチに座りながらゆったりと情報を整理しようと思ったのだけれど……。
「……またいますね」
透き通るような青い髪の女の子。【フォッダー】の開発者であるユーキさん。
最近はいつもこの場所にいるのだろうか?ボイコットしてるならお仕事もないのかな。
そんなユーキさんが周囲のプレイヤーにサインを求められたり、握手を求められたりして、たじろいでいるのが遠目にも確認できる。
ボクもそんなユーキさんにとことこと近づくと、こちらに気づいた彼女がベンチから立ち上がり、駆け寄ってくる。
「まったく、いつになったら来るのかと思ってましたよ。毎日待ってたんですからね?」
「そうなんですか?またなにかリーク情報が!?」
「それはないですけど。ただ、ゲームの裏を見たあなたの生の声を聞きたかったんですよ。」
にこやかに笑うユーキさん。ボクの答えはわかっているのだろう。ボイコットまでしたわりには、あんなに嘆いていたのに、【フォッダー】が楽しく遊ばれることを望んでいる。
開発者にとってそれがプレイヤーを愚弄する悪意の仕様だったとしても、当事者が愚弄されたと感じなければ問題ない。ある意味では幸福をうたうディストピアめいた論理だけど、それがこの世の真理でもある。
「——楽しいですよ。課金が少しぐらい強いほうが、高い壁を超える楽しみがありますもんね?」
それよりも、むしろ某【空神】の【権能】を受け取った人には上方修正してあげてほしいくらいなんですけど……?
「——そうですか。それはよかったです!」
ずっと、自分が作ったゲームでプレイヤーが悲しむことを恐れていたのだろう。
先ほどの笑みよりもなおいっそう楽しそうな笑顔で、ぴょんぴょん跳ねながら喜びを表すユーキさん。ぴょんぴょん跳ねて喜ぶのって、AIにも受け継がれているんですね。
そんな可愛らしいユーキさんの喜びっぷりを見て、周囲の人たちも一緒に写真を撮らせてもらっていたり、ハイタッチをしていたりする。なんだかほのぼのとした空間が公園に広がっていく。
ARゲームで遊んでいた人たちもユーキさんの近くに寄ってきて、【フォッダー】についての世間話で盛り上がったりする。
「だからこそ——ごめんなさい。もしもすべてが終わったあとも、こうして笑い合っていられたらいいな」
唐突に不穏な言葉を言い残し、ふっとその場から消え去ったユーキさん。
「待って?まだなにかあるの?ないよね?課金が強いねー。で終わりですよね?」
「草」
「卍さんがまたクソ要素に巻き込まれるのか」
「【フォッダー】ってやっぱクソゲーだわ」
「控えめに言って【黄金の才】よりも現状のバグのほうがわりとクソだからな」
「卍さん終わったな」
「卍さんって現実と同じアバターだったのか」
「草」
「目の前でコメント欄とまったく変わらないやりとりを見せられると、ちょっと面白いですね」




