第77話 リアルステーション その2
「さて、フル装備を整えましたし、再びダンジョン攻略に行きましょうか!」
灑智はレベル1だけど【ソーサラー】の戦略と【サイキック】/【ナイト】の職業を獲得している。一応のところ、罠に引っかからず、3対1なら1層のモンスターに負けることはないはず。安全マージンを取りつつ、レベル上げをしていきましょうか。
再びダンジョンの中に入り、地面を凝視すると、そこかしこに違和感のあるなにかの存在を感じる。なるほど、これが【パスファインダー】の戦略効果か。
とはいえ、その不思議な感覚は大雑把で非常に曖昧なものだ。戦闘中、あるいは他のことに気を取られている状況では、このわずかな気配を察知できないかもしれない。
当たり前だが、戦略を取得しただけですべてが解消する!という仕様ではない。高難易度のゲームだけのことはある。
「灑智もゴブも、できるだけボクの後をついてきてください。至るところに罠があります」
「わかりました!」
「ゴブ!」
全身から定期的に血を吹き出しながらも、灑智は恐る恐るボクの後をついてくる。ゴブリンは命令に従って機械のように忠実に歩む。
やがてT字路が見えてきたところで、左側から罠とは異なる気配を感じ取る。
「……モンスターですね。戦ってみましょう。こちらに向かってきているようなので……」
軽くあたりを見渡し、かすかな気配を頼りに罠の解除に取りかかる。解除自体は【モーションアシスト】によって比較的容易に行えるようだ。
戦闘中に足の踏み場を気にしている暇はない。安全な地帯を確保した上でモンスターを誘導し、そこで戦うのがいいだろう。
主要な罠だけ解除できたが、残った罠を指さして2人に教え、近づかないように注意を促したところでモンスターが姿を現した。
前回群れで襲いかかってきた犬のモンスターだ。ボクの魔法なら一撃で倒すこともできるけど、今回は灑智の引率とゴブリンの性能確認が目的。
とりあえず2人の戦いを見ていることにしましょう。
特に灑智は『リアルステーション』でのログインだ。現状、普通に歩く分には特に問題はないようだけど、果たしてリアルタイムな戦闘に対応できるのかはまだわからないからね。
犬型のモンスターが灑智を目がけて勢いよく走り出す。それに対して灑智は自慢の槍を振りかぶり、投擲した!
結論から言えば、非常に問題のある動きだった。
別に槍を投げるのがまずいというわけではない。ただし、そのモーションがあまりにもおかしかった。
槍を振りかぶって勢いをつけて投擲する。言葉にしてみれば当たり前の動きだが——。
——肩をきれいに360°回転させて、そのままの勢いで全力投擲。遠心力という最適解から放たれた槍は、絶大なる加速力を生み出した。
球体関節やロボットの類にしかできない完全に狂ったモーション。もちろんリアルでの灑智はこんなことはできない。これは明らかに『リアルステーション』——いや、〘リアルステーション〙の副作用。
〘リアルステーション〙はVRとは違って触覚によるフィードバックがない。この違いが無意識のうちに常識から外れた動作を生み出してしまうのだ。
遠心力の力を最大限に発揮した最強の投擲法によって放たれた槍は、犬型のモンスターを一撃で弾き飛ばし、HPを全損させた。
強い。人間には不可能なあらゆる動きを可能とする最強の〈改造行為〉だ。銃を取り付けたり人格を増やすのとは違い、何のデメリットもない以上、【フォッダー】界隈で〘リアルステーション〙は爆売れするだろう。だけど……!
妹が……ネタキャラになってしまう……!
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>卍さんの妹やべえwwwwwwwwwww
>きめえwwwwwwwwwww
>✝ちゃんが卍さんの妹であることを確信した瞬間であった
>草生える
>かわいい
>TUEEEEEEEE
>DEXの効果とかじゃないの?素なの?
>DEXは確かにモーションアシストに補正があるけど少なくとも初期レベルから1.5倍(×2本)化された程度では不可能。フォッダーではアクティブスキルに用意された定型モーションを改変できるのがメインだな
>DEX特化だと魔法や矢の投射方向を撃ちだしてからコントロールしたりできるんだよな。A-YSでは知らん
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「さ、灑智?いい子だからその技は封印しようね?」
「なんのことですか?」
自覚していない……!そりゃ五感を感じていないしモニター経由なら仕方ないのかもしれないけど……!
灑智にたった今発生した謎すぎる挙動を言葉で説明してあげるとなぜか大喜びしながら腕をぐるぐる回転させ始める。
「やりましたっ!私にも個性ができました!」
他のプレイヤーにはまねできない斬新なロールプレイやアクションがしたかったんだってさ。仕方ないよね。
こうして灑智もボクの配信に登場するにふさわしい意味不明なキャラ付けを獲得することになってしまいましたとさ。
戦闘が終わり、とりあえず1対1なら灑智でも勝てるということはわかったけれど、結局ゴブリンの強さはまったくわからなかった。
ということで次はゴブリン1人に戦わせてみようと思う。
ゴブリンはどうやら召喚スキルが付与された装備とつながった存在らしく、【吸血悪鬼の機関銃】を用いるらしい。
しかし武器以外は特に持っていないようなので、ボクの攻撃に巻き込まれないように炎属性耐性を持った装備を一式そろえておいた。
【フォッダー】ではボクのせいで市場から枯渇している炎属性耐性装備だが、【A-YS】の世界では簡単に購入できるのだ。【フォッダー】の炎属性と【A-YS】の炎属性が連携しているかはわからないけどね。
というわけで通路にあふれる罠を1つずつ解除しながら進んでいくと、再びモンスターらしき何かの気配を感じ取った。
「よし、行け!ゴブリンさん!やっつけてやりなさい!」
曲がり角から犬が現れたと同時にゴブリンが銃の引き金を引くと、ぱらぱらと弾丸が嵐のように乱れ飛ぶ。
犬はその攻撃を受けながらもゴブリン目がけてまっすぐ駆けていき、勢いよく体当たりして吹っ飛ばした。
ゴブリンは一撃でHPが全損し、葬られた。と同時に、ゴブリンの依代である機関銃がボクの【ストレージ】に自動で収納される。
「……弱すぎ!?」
改造行為その5 『リアルステーション』
リアルステーションは公式のハードウェアなのですが、広義の外部ツールによって優位性を得るテクニックです。なので便宜上、〈改造行為〉の一種と定義しておきます。
リアルステーションによってVRMMOにログインすると、身体の動きに対して触覚のフィードバックが行われない事により、通常ならば心理的に拒否してしまうような身体可動域でアバター操作を行えます。
逆に言えば普通にログインしているプレイヤーも心理的な障壁を乗り越えれば無茶苦茶な可動域で動けるのですが……少なくとも、今のボクには無理ですね。
他にも〈ストリームアイ〉のように三人称視点で周囲を俯瞰する事ができますし、操作ができるのであれば〘Multa〙のように複数アカウントを並行して運用できると思われます。




