第76話 絶望を呼ぶ呪われし深淵に潜む破滅の槍
【A-YS】の醍醐味である戦略を解放した今、再びダンジョンに突撃……!とは、さすがにいかない。
戦略にもレベルがある以上、取得したての状態でダンジョンに行っても一瞬で骨になってしまいます。いえ、普通ならレベル1の状態でも1層ぐらいなら大丈夫だと思いますよ?普通なら。
けれど、間違いなくこのゲームの難易度は普通じゃない。罠に引っかかって覚えろ!と言わんばかりの鬼畜難易度に違いありません。
ならば、次にすべきことは1つ!
「仲間を回収してきます!」
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>卍さん仲間いるの?
>フレンドリストのメンバーは壊滅状態だぞ
>その辺にいるプレイヤーをナンパするんだぞ
>さすが痴女ですわ
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「いえいえ、ボクにはまだみなさんが知らない頼れる仲間がいるんですよ!それがこちらです!」
「こんにちはっ!お姉様の妹の✝灑智✝です!!」
ボクの紹介とともに【ストリーミング】カメラの前に現れたのは、儚げな印象を抱かせる小柄な女の子だ。見た目の儚さとは相反して、元気な声であいさつしてくれた。
ボクとは対照的に透き通るような蒼い髪のプレイヤーだ。この蒼い髪は現実でも同じで、そのせいで同じ髪色のユーキさんと間違えられることも少なくない。
ボクの真っ赤な髪もそうだけど、近頃はこういう特徴的な髪色の人が増えているらしい。染めてるとかじゃないよ?
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>マジで?卍さんの妹って想像上の存在じゃなかったのか
>かわいい
>卍さんより擦れてなさそう
>灑智ちゃんのきゅーと&てくにかるちゃんねるに改名すべきでは?
>✝ちゃんかわいい
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「ボクの妹はVRが苦手だって話は以前どこかでしましたよね?今日、そんな状況を克服する画期的デバイスが発売されたんですよ!その名も『リアルステーション』!ARの拡張モニターを通じてダイブしなくてもいつでもどこでもVRMMOがプレイできる神ツールなのだとか」
『リアルステーション』でプレイするゲームは果たしてVRMMOなのか。永遠に決着のつかない議論がネットでは交わされているが、まあそこは置いておきましょう。
「今回は我が妹と、もう1人の仲間とともにダンジョンに潜ろうと思います!まあ、灑智はレベル1ですし、もう1人は未知数なのでちょっとレベル上げしてからのほうがいいでしょうけどね」
そう言うとボクは【ストレージ】から一丁の銃を取り出し、天高く掲げ、スキルの発動を高らかに宣言する。
「〈混沌に仕えし魔の眷属よ、我に従え〉【サモン・ゴブリン】!」
すると、ボクの言葉と同時に前方に魔法陣が現れ……濃い緑の肌をしたゴブリンが目の前に姿を見せた。
「かわいいですね!この方がお姉様の頼もしい仲間なんですか?」
「え!?」
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>✝ちゃんも卍さんの妹なだけあるな
>いや、ゴブリンって可愛いだろ
>お洒落なドレスとか装備させようぜ
>人間用の装備は使えそうだし合理的な選択肢だな
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「なるほど。それじゃあさっそくゴブリンさんと灑智の装備を整えましょうか!」
というわけで、さっそく【A-YS】内の武器屋や防具屋を探すことになったボクたち。といっても、このゲームの通貨なんて持ってないんだけど、大丈夫なのかな?物々交換でなんとかしたいところだけど。
きょろきょろしながら周囲の建物を見て回っていると、剣と盾の看板が掲げられている装備屋さんらしきお店を見つけた。
中に入ってみるとやはり誰もおらず、巨大なオートレジが置いてあるだけ。ただ、装備を売っているのは間違いないらしく、壁にはいくつもの剣や槍が展示されており、鎧を着たマネキンがきれいに整列している。
武器に近づくとシステムウィンドウによって性能が表示された。やはり【フォッダー】とは表示形式が大きく違い、この装備が強いのか弱いのかは今ひとつ理解しづらい。まあ、基本的には効果が多い装備が強いんだろうけどね?
「しかし、無人店だと値段の交渉も物々交換も受け入れてくれませんよねー」
「そういえば、【フォッダー】の通貨単位ってなんでしたっけ!?」
「灑智さんやけに張り切ってますね。緊張してます?【フォッダー】はZという単位ですよ。えっと、そして【A-YS】の通貨単位は……Zのようですね」
Zって、ゲームでは珍しくない単位ですけど、それでもこんな偶然あります?
もしかして、【フォッダー】と【A-YS】のシステムって連動している?
そもそもなぜか違うゲームが全て同じサーバーで運営されていて片方のシステムがもう片方のゲームでも運用できるのが現状だ。お金が共通単位であったとしても何もおかしくない、おかしくないのだけど……。
もはや、2つのゲームがつながることすらも想定済みの仕様だったとしか思えないほどの状況。
1億円の課金勢に対する対策のためだけに用意された布石にしては大がかりにもほどがある。現状見つかっているさまざまなテクニックだけで十二分にやりあえるはずなのに。
——まだ【フォッダー】にはさらなる裏がある?
「ま、今は気にすることじゃありませんか」
このゲームにさらなる裏とやらがあったとしても、それでもやっぱりゲームは終わらないでしょう。
予測不能の未来よりも、今は今のことです!
「【フォッダー】の通貨が使えるみたいなので大丈夫ですよ!灑智が欲しい装備を買ってあげますね」
ボクの言葉に大喜びして目を輝かせながら商品を物色し始める灑智。それを尻目にボクもこの世界の装備の性能を改めて確認する。
地獄の炎を纏いし悪鬼殺しの剣
・それは攻撃時に炎属性の追加ダメージを与える
・それは死者の蘇生を封じる
・それはゴブリンに対して50%のダメージ補正を加える
装備の性能がスキルによって表される【フォッダー】とは違い、ずいぶん無骨な表示だ。しかし多くてもスキルが3つまでしか付与されない【フォッダー】と比べて、【A-YS】の装備効果は3つも4つも付与されるのがスタンダードらしい。
この剣自体はあまりボク向けではなさそうだけど、こっちの世界で装備を新調するのもありかもしれないね。
「見つけました!これ買ってください!!」
「おっ、もういいのを見つけたんですか?どれどれ……」
絶望を呼ぶ呪われし深淵に潜む破滅の槍
・それは一度着けると外せない
・それは己を出血させる
・それは己の蘇生を封じる
・それは己を毒状態にする
・それは己のDEXに50%の補正を加える
・それは己に対して50%のダメージ補正を加える
「上級者向けすぎる……!」
こんだけ山盛りのデメリットが入ってDEXが1.5倍程度じゃ割に合いませんよ!?いや、【フォッダー】のDEXと【A-YS】のDEXは価値が違うのかもしれませんけど!でもお金という数値がシステム的に連動してるところから察するに、普通にDEXの効果も同じはずですよね!?
「お姉様……買ってくださらないのですか……???」
「10本買いましょう。いくらですか?……ラーメンより安いですね」
ラーメンより安い槍を10本購入し、灑智にプレゼントする。
「ありがとうございますっ!お姉様!!」
さっそく装備して二槍流として店内で呪われた槍を盛大にぶん回す灑智を、ニコニコ見守っているうちに、ほのぼのとした時間が過ぎていった。
「あっ、指から出血した」
「【ファストリカバー】!【ファストリカバー】!」




