第73話 交差する世界
「おっさんも【A−YS】をやってたんですか!」
「そうだね。【ロボットマスターズ】だなんて客寄せパンダの広告塔じゃなくて、俺は【A−YS】をプレイしているよ」
いつもはちゃらけた言動をとっているおっさんだけれど、今の言葉には気迫のようなものを感じる。【A−YS】にこだわりがあるのでしょう。
もし『【ロボットマスターズ】をやってたんですね』なんて口に出していたら、怒られてしまったかもしれませんね。
「あぁ、おっさんと知り合いなんだ?じゃあおっさんは【科学塔】に案内しといてよ。僕はみんなを集めてくるから」
「おけまる。事情はわからないけど、了解。」
テトリスさんがプレイヤーたちを集めにどこかに向かうのを見送ると、おっさんが「ついてきて」と手招きして歩き出す。
「【科学塔】ってどーゆーとこなの?」
「ああ、このゲームではVRMMOの中でゲームを作れる程度には研究環境が整っているだろう?【科学塔】は、そういった技術を活用してダンジョン攻略用の設備を整えた場所さ」
そこには【サウスエリア】の牧歌的な風景とは相反する巨大な塔があった。
【ノースエリア】に乱立するビルとは明らかに趣が異なり、塔全体が真っ黒に染められている。おそらく塔自体がプレイヤーメイドなのだろう。まるでラスボスの居城のような風情を感じさせる。
しかし、透過ドアをくぐって中に入ると、そこは完全に汚部屋だった。
受付の窓口には大小さまざまなねじや機械部品が散乱し、作りかけの装置らしきモノが床に直置きされている。
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>個人部屋かな?
>受付が個人部屋ってどういうことだよ
>適当すぎて草
>掃除しろや
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「ここは納豆大好きさんのスペースだからね。この辺のモノは、気に入ったら台帳に記載して持っていっていいらしいよ。邪魔なんだってさ」
「ゴミと同等の扱いですね……。この機械は何ですか?」
「それはドローン。レーザーガン機能付きで自動戦闘に対応する優れモノさ」
「そんなモノがゴミみたいに散乱してるって……ゲームが違うとはいえ、価値観がまったく違いますね。じゃあこのヘルメットみたいな装置は何ですか?旧型のVR装置みたいな形状ですけど」
「それは脳の回路に〚マインドフルネス〛という〈魔導〉を刻印する装置だね。思考を加速させられるんだよ。1回使ったら再刻印する必要がないから、もう使われていないんだけど。使ってみるかい?」
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>脳に魔導を刻印するとかいうパワーワード
>現実でも刻まれてそう
>頭痛に苛まれそう
>頭が爆発しそう
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「え、遠慮しておきます……」
「俺は試すぞ!ククク……永続的にアバターに〈魔導〉を刻めるのであれば試さないほうがおかしいだろう?」
速攻でヘルメットをかぶって、スイッチをONにする漆黒の翼さん。思わず後ずさって距離を取ったけれど、ぱっと見でわかる現象は起きないようだ。バリバリと電流が流れるのを想像していたけど、意外に安全そう?
ヘルメットをかぶったまま怪しげな表情を浮かべる漆黒の翼さんをスルーして、ゆうたさんは別のアイテムに興味を持ったようだ。
「これは……銃か。想定はしていたが、やはり【A−YS】にあるのか。銃を使う職業のようなシステムはあるのか?」
「ああ、あるよ。戦略って言って、特定の戦い方をサポートするシステムだ。【スナイパー】の戦略なら弾が誘導性能を持つ、って感じだね」
「【A−YS】は装備が主役であって、あくまで強力な能動スキルの類いはない、ということか」
「なかなかにナウいゲームだろう?」
そんな調子で床に散らばるアイテムの解説をおっさんにしてもらっていると、やがてテトリスさんが何人かのプレイヤーを連れて【科学塔】にやってきた。
「さて、異文化交流をしようか。新たな戦術の確立は僕も望むところだよ」
「ほえぇ。そっちにも【ファストチェンジ】みたいなスキルがあるんだね」
「【アームスイッチ】とそちらの【ファストチェンジ】はかなり類似したスキルのようだな」
「攻撃スキルが使えるようになる装備やアイテム!?わたしも派手な戦いをしてみたいのです」
「ボクの【猪突侵】は派手なスキルじゃないですけどね。ボクとしてはドローンみたいなアイテムを開発して戦えるそっちも割と羨ましいですね」
「戦略ってどこで変えられんの?あーしも戦略使えるのかな?」
「そこにあるマイコンで変更申請すれば変えられるけど……どうだろう?」
「ふーん……おっ、いけるじゃん!【フォッダー】でも適用されるかは知らないけど」
「逆に【フォッダー】のシステムはこっちでも適用されていますね。【メニュー】も開けますし」
逆に、【メニュー】が開けなかったら、この世界に完全に取り残されてしまいそうだけど。
「そうだ!ボクも【女神像】を持ってきていたんでした。試しに使ってみませんか?」
【ストレージ】から【女神像】を取り出してごとりと床に置き、その使い方を説明すると、【A−YS】のプレイヤーは我先にと【女神】様に祈りを捧げ始める。
「よし、【メイジ】をゲッツできた。試してみるよ……〈自由な風よ、疾風の意志をその身に刻め〉【スピードアップ】!」
おっさんが風属性の付与スキルを詠唱すると、彼の身体を緑色の光が包み込む。
スキルが発動したことはまず間違いない。その場で反復横跳びを始めた姿は、明らかな俊敏さを感じさせる。このゲームにおけるおっさんの動きがどの程度なのかは知らないから比較はできない。でも、これは間違いなく……!
「効果が適用されている。間違いない——この2つの世界は交差しているんだ」
どういった理由で2つの世界が交差したのかは、いまだわからない。
同じサーバーで別のゲームの運営が行われていなければ成立しないはずの超現象だ。
でも、こんな現象が起こったのなら、もっと深く楽しんでいかなきゃ損でしょ!
「それなら次にやることは1つだけですね……!」
「あぁ、そうだな。次にやるべきなのは……!」
ゆうたさんもボクと同じ考えに至ったらしい。さすがゆうたさん。幾度となく戦場をともに駆け抜けてきた仲間ですから、当たり前の話ですけどね?
さぁ、次にボクたちがやるべきこと。それは……!
「ダンジョン攻略です!!」
「装備収集だ!!」




