第62話 ファスト職業チェンジ
「ちょっと!【メイジ】は外さないでくださいって言ったじゃないですか!」
「最善手を選ばないのは✝愚者の翼✝だ」
「神様、職業変更してください」
風なに翼さんが何やら1人で揉めている。【メイジ】を外した……?職業を変更した……。
「あっ……ぁぁあああああ!!」
風なに翼さんのすぐ隣にある【女神像】が『職業変更してください』という言葉に反応して一瞬きらめき、ボクは即座に気づいた。あれ、職業取得用の【女神像】じゃないですか!!ボクの家にも置いてありますよ!
状況に応じて好き勝手に職業を切り替えて戦ってるってことですか!?
再び【メイジ】がセットされたのか、【アセンション】で風なに翼さんに憑依した精霊が【エアーマシンガン】を乱射し始める。
以前、おっさんが使っていた、指定した回数分だけ弾を放つ超効率スキル。100回と宣言すれば100発の弾が。1000回と宣言すれば1000発の弾が継続発射されるスキルだ。
その代わりに撃ってる間はそれ以外の動作ができないという欠点があるけれど、精霊に自動で撃たせるなら完全にデメリットを踏み倒してるようなもの。
「考えている暇はないぞ。前衛が上がってきた」
【メテオ】など意に介さず、屋根を踏み鳴らして迫るりのボス聞かせさん。HPゲージは削れているが、表情は余裕綽々だ。
「りの(♀)はねぇっ!勝利を確信していたおばかさんにNOを叩きつけるのが大好きなのっ!」
「オデ、蹂躙、好キ」
「いつものように聞かせてください、嘆き叫ぶ、悲鳴の声を!」
言葉と共に一直線にボクを狙うりのボス聞かせさん。すかさずゆうたさんが遮ろうとするけど、ボクはそれを手で押しとどめる。
そしてボクは弾丸の如き速度で彼女に肉薄する。それを見てニタリと笑うりのボス聞かせさんが棍棒を振り下ろし——。
鈍音が弾け、棍棒はボクの肌で跳ね返る。
「これ、ほんと便利ですよねっ【ソウルフレア】!続けて【フルバーニング】!」
【ファイアエンチャント】。武器を持ってる相手に対して一方的に優位を取れる神スキルだ。
対策があっても攻撃の直前であればまず間違いなく刺さる。おまけにボクのELMなら、逆にHPの回復にまでつながる。
HPが減った状態での炎属性魔法の2連コンボ。本来ならば盾役であろうと一瞬にして蒸発するレベルのダメージだ。
命の炎に焼かれたりのボス聞かせさんはゲージを大きく失い体勢を崩している。——だが、それだけだ。HPをまだ完全には失っていない。
そんな彼女は大きな爆発の衝撃で棍棒を手放し——。
——瞬時に姿勢を正し、ボクに向かって拳を突き出す。【ファイアエンチャント】は武器に属性を付与するスキル、素手相手に効果は適用されない!
「【アタックコマンド】」「【秘孔】」「【正拳突き】!」
2種類の強化スキルと近接最大火力の攻撃スキル。そんなものを食らって紙耐久のボクが立っていられるはずがない。
「世話をかけさせるなよ?【マナウォール】」
しかし、ゆうたさんが遅れてかけてくれた支援スキルと、会場に鳴り響く音楽で、すべてを察した。ゆうたさんが【〈ミュージックハウス〉】でダメージを先送りにしてくれたのか!
奥歯の【タブレット】を思い切り噛み砕き、急いでHPを回復させたところで遅延されたダメージと衝撃がボクを襲う。
その衝撃の向きを【テレポート】で転換させ、教会を目がけて勢いよくぶっ飛んでいく!
【エアーマシンガン】の弾幕が空を縫い、集中砲火が降る。精霊の放つ威力の低い魔法だとはいえ、ボクのHPも風前の灯火。当たるわけにはいかない。【エアジャンプ】で弾幕を躱し、風なに翼さんの元へ急接近していく。
間合いに入った刹那、【猪突侵】を発動させ、一瞬にしてその懐へ滑り込んだ。
「ゲールウィン……」
「【フラムブレッド】!」
風の魔法で迎え撃とうとする風なに翼さんだが、さすがに詠唱の短い風属性魔法でも、下級魔法よりは遅い!
先に放たれたボクの【フラムブレッド】が彼女に衝撃を与え、詠唱を中断させる。
その隙にバックステッポで間合いを外しつつ【ブレイズスロアー】を自身に撃ち込む。
これでHPは確保できた!【パーティストレージ】を見ると【〈ミュージックハウス〉】が入っていたので即座に取り出し、ゆうたさんを呼び寄せる。
【ホームリターン】でボクの隣に現れたゆうたさんは一瞬で状況を判断し、風なに翼さんを横薙ぎに払う!
そこへりのボス聞かせさんが割り込み、刃を受け止めるが、力負けして思い切り横に弾き飛ばされた。
「通常攻撃で俺に勝てると思うなよ?」
そのまま風なに翼さんに向けて斬り込むゆうたさん。
——それに対し、彼女はすべてを賭けた。
「〈対価を捧げる〉【対価契約】【MHP:99%】【侵食の叡智】!」「【アームズスイッチ】【ファストスペル】」「【ダイダルウェイブ】!」
「ッ!【テレポート】!」
その瞬間、風なに翼さんのHPゲージが最大まで回復する。……正確には違う。最大HPが99%減少したことによって、結果的に1%のHPがMAXとして扱われているだけだ。
最悪の攻撃を予期してボクはテレポートで上空に退避する。それと同時に、黒い津波がゆうたさんを飲み込んだ。
【〈ミュージックハウス〉】によってダメージは遅延される。ゆうたさんは津波の圧力を完全に無視し、風なに翼さんに2連続で斬り込む。
しかしこれで2人のプレイヤーの脱落が確定した。
最大HPを1%にまで減らした風なに翼さんはもはや遅延ダメージを受け切ることはかなわず。
捧げた最大HPに依存した闇属性ダメージを追加で与える【対価契約】と闇属性特化装備を合わせた火力の暴力はゆうたさんでも受け切れない。
まさに、自身と引き換えに相手を屠ることだけを考えたコンボ技だ。これも戦いの途中で職業を変更できなければ普通は選べない選択肢だ。
2人は遅れてHPを失い、その場に崩れ落ちた。
ボクは教会に着地し、残る3人のプレイヤーを見据える。
「あははっ!一騎打ちって奴?」
「オデ、忘レル、ダメ」
「いつものように聞かせてください、心躍る、戦いの唄を!」
盾役なしのボクなら倒せると踏んだのでしょうけど……負けませんよ、絶対に!
テクニックその49 『ファスト職業チェンジ』
職業チェンジ用の【女神像】を隣に置けばいつでも職業チェンジが可能に!
ボクの家を買ったときにもこの【女神像】、部屋においてあったんですよね。
つまり情報としてはボクもたどり着ける発想だったにもかかわらず先を越されてしまったというわけです。悔しい。




