第54話 ホームアロー
「駄目っすよ……。僕は絶対に勝つんすから!」
そう言うや否や、足裏の〘ジェット噴射〙が咆哮し、ああああさんの身体はさらに高空へ弾け飛ぶ。
「逃しませんよ!」
【エアジャンプ】でそれに追いすがるように跳躍を重ねるが——。
「こっちの武器は〘機関銃〙だけじゃないんすよっ!」
その言葉と共に左手の指先がこちらを射抜く。濃紅のレーザーが空気を焦がしながら一直線に伸び、ボクの身体に命中した瞬間、恐るべき速度でHPを削り始めた。
「わわっ、なんですかこれっ!」
これは〈改造行為〉によって生み出された武器のようだが、〘機関銃〙と違って、当たり判定そのものが飛んでくるわけではない。
慌てて照射軸を外した隙に、ああああさんは〘ジェット噴射〙をフル稼働させて急速に上昇していく。
「時間稼ぎのつもりですか……!」
確かに継続回復に長けた【モンク】であれば、ダメージを受けるたびに距離を取って時間を稼げばHPを無限に回復することができる。おまけにこちらの〈ロードウィング〉はMP消費型の飛行手段だ。〘ジェット噴射〙の燃料がどこから湧くかにもよるが、このまま延々と逃げ回られたらリソース負けだ。
飛び続けても埒があかないと判断し、ボクは【ホームリターン】で拠点へ跳んだ。
「どうしましょう。あのまま延々と飛ばれたら勝ち目がありませんよ。負けもないですけど」
「……試合には制限時間が存在する。秘書Dを先に倒した以上、その場合はこちらの判定勝ちとなる。それは奴も分かっているはずだ」
なら……ここから逆転する手がある……?
そのことに気づいたとき、攻撃はすでに始まっていた。
「ん?なんか落ちてきましたね」
空の彼方でああああさんが何かを投下する影が揺らめいた。
最初は豆粒みたいな大きさにしか見えなかったが、落ちてくるにつれてその全容が明らかになってくる。
ああああさんが投下したもの、それは巨大な家だった。
それも会場全体を覆うような大豪邸。
その圧倒的物量が【空神の加護】に押し上げられ、ボクたちを叩き潰さんと陰を落とす。
「なんですかこれえぇ!?」
あんなもの、避けようがない!どうしろって言うんですか!?
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>やっぱ家最強だわ
>家で戦うゲームとか前代未聞だろ
>強すぎる……
>圧倒的火力で破壊しろ
>家は不壊なんですよね……
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そうだ、家は絶対に壊れない『不壊』のアイテム!ならあれを逃れる術は——。
「家の下に隠れるぞ!」
急いで屋根から飛び降りて競技場に降り立つボクたち。その直後、ボクたちの上に豪邸がどかんと落下した。
しかし相手の家が不壊であるようにボクたちの家も不壊。豪邸はボクたちの家へ斜めに突っ込み、その壁へもたれるように停止した。
その隙に豪邸の上へ急いで駆け登る。何かの衝撃で崩れてしまったらたまらないからね。
豪邸の屋上には何やら不思議な機械のような何かがいくつも設置されていた。それらはそれぞれ別の方角を向いていたのだけど、屋根の上に登ったボクたちに合わせてぐるりと向きを変える。
まずい——そう思ったときには、すでに手遅れだった。金属が唸り、蒼白い稲妻——〚ライトニングボルト〛が一斉に放たれた!
「本人は上に逃げて家に戦わせるつもりですか!?」
「【アトラクト】!」
四方八方から襲い来る〚ライトニングボルト〛すべてをゆうたさんが受け止める。それに合わせてボクも即座に回復を差し込んだ。
正直に言ってそこまで威力は高くない。けれど、『セントリーライトニングボルト』と呼ぶのがふさわしいこの装置もまた家の一部だ。破壊することはできない。
攻め手は届かず、防御だけが積み上がる。どうする?
ボクの手札の多くは近距離戦に特化したスキルだ。遠距離用のスキルもあるけど、それらは火力が劣っていたり、詠唱に時間がかかったりする以上、空中戦で用いることはできない。
地上から【メテオ】を当てることができればいいのだけど、そもそもああああさん自体が隕石の生成地点より上の空域に位置している。ある程度近づければ上から叩き込むこともできるだろうが、【エアジャンプ】の連打を必要とする〈ロードウィング〉と詠唱時間の長い【メテオ】は噛み合わせが悪すぎる——。
——新しい手札をひねり出すしかない。
「ゆうたさん!時間稼ぎお願いします!ボクは今からアイテムを設計するので!」
「回復がなくともこの程度の〚ライトニングボルト〛なら受けることができる。設計に集中しろ」
ゆうたさんに現状のすべてを丸投げし、ボクは設計ウィンドウを開く。
アイテムショップで勧められて取得したばかりのスキルだけど、こんなに早く役に立つときが来るなんてね!
ボクの前に現れた設計ウィンドウに指先で図面を描く間にも周囲の機械の攻撃は続く。再装填された〚ライトニングボルト〛がボクたちを襲い、ゆうたさんが【アトラクト】で受け止める。
このままなら順調に時間が稼げそうなのだけど、そうは問屋が卸さない。上空からさらなる追撃の嵐が降り注ぐ。
「なんか鉄塊が落ちてきたんですけど!?こんなのが当たったら死んじゃいますよ!」
「大丈夫だ。ゲーム的には死にはしない」
そう言いながらも【アームズスイッチ】で装備を切り替えたゆうたさんは、盾を反転させ傘のごとく掲げ、火花を散らしながら襲い来る鉄塊を弾き返した。
ゆうたさんの頭上にはゴンゴンと鉄塊が落ちてきているが、確かに即座に死に至るほどのダメージではない。
けれど、何度も受ければさすがにまずい程度のダメージだ。
それにしても——やはりぶっつけ本番で図面を描くのは難しい。アイテムショップの店員さんは速攻で設計を終わらせていたけれど、さすがにプロだと言わざるを得ない。
ボクたちがリソースを切り尽くすまでに銀の弾丸を完成させなければならない。その焦りで逆にミスが増え、設計は遅れてしまう。
焦りで心拍がカンカン鳴る間にも、砲火はやまない。
稲妻じみた速度で落ちる一本の槍——。ただ落ちてくるだけではない、全霊を込めた投擲攻撃!しかも明らかに特殊効果付きと言わんばかりの豪華な意匠の槍が、ボクたちのいる場所をピンポイントで狙ってくる。
「気にするな、と言っているだろう!【オフセット】!」
ゆうたさんがスキルを宣言すると、思い切り盾で弾き飛ばす。
しかし弾き飛ばされた槍は空中でピタリと静止すると、再びこちらをめがけて自動的に飛びかかる。
「【ガードジャスト】!」
再び襲い来る槍を防御スキルで受け止めたゆうたさんはその槍をむんずと掴み、上空に向かって投げ返した。今度は戻ってくる様子はない。
代わりに今度は無数の斧が投げ込まれてきた。さらに充填が完了したのか〚ライトニングボルト〛が四方八方からボクたちに向かって放たれる。
でも、ゆうたさんなら大丈夫だ。そう心から信頼できたボクは、それから周囲の戦闘など気にせず、ただひたすら設計に没頭した。
そして、ついにそれは完成する。
「——できました!この現状を打破する至高のアイテムです!」
やがて、ボクの前に生み出されたのは【アンプルアロー】に類似した矢だった。
極力【アンプルアロー】と同じ規格に収まるように、かつ、より大きい物体が入るよう改良された特殊な矢。
これを上空にいるああああさんに向けて放つ。
それで勝てる。
ボクはゆうたさんにこのアイテムの概要をチャットメッセージで送りながらも、再び〈ロードウィング〉によって上空へと飛び立った。
「性懲りもなく僕に近づくつもりっすか?あの糞【ナイト】ならともかく、あんたなら1発受けただけでお陀仏っすよ!」
遥か遠くで飛行するああああさんがそう叫びつつも、剣も鉄塊もごちゃ混ぜに雨あられと飛んでくる。
「【エアジャンプ】!銃弾で倒せるって言いながら投げるのはアイテムってどういうことですか?怖いんですか?【エアジャンプ】!」
そりゃ怖い。自身の持つ距離・高度という圧倒的なアドバンテージを最大に生かすのも銃弾だけれど、同時に一方的に攻撃できるという最大のアドバンテージを失うことになるのも銃弾だ。
ゆうたさんの盾、そしてボクに【ソウルフレア】でカウンターされたという事実が、彼を最大の武器を捨てた日和見戦法へと走らせているのだから。
「あんたなら剣だろうと槍だろうと同じっすよ!」
それもまた事実。コストも詠唱もなしに半自動的に飛ぶことのできる【『アイテール』】や〘ジェット噴射〙と違い、〈ロードウィング〉は不安定な飛行手段。
一撃での全損はなくとも結果的には同じ結末に陥るだろう。
当たればの話だけどね?
「〈次元の狭間より世界を駆けろ〉【テレポート】!」
前方から襲い来る武器の嵐を【テレポート】ですり抜け、
「【フラムブレッド】!」
追尾する槍を【フラムブレッド】で迎撃し、あらゆる攻撃を突破しながらもああああさんに迫るボク。
慌ててさらに高度を上げようとするああああさんだが、もう射程圏内だ。
「くらえ!」
そう叫びつつ杖を振るうと、先ほど作ったばかりの矢がああああさんをめがけて放たれる。
唸るような轟音を立てながら迫る銀の弾丸。
それは、わずかに身をひねるだけでかわされてしまう。
「なにかと思ったら、その程度の攻撃が切り札だったんすか?それなら——」
「【ホームリターン】!」
そう叫ぶと同時にボク、そしてゆうたさんがああああさんのすぐ真上に出現する。
「なっ——!」
視界から突如として消えたボクを探して周囲を見回すも、もう遅い!即座に矢を回収して【ストレージ】にしまい込み、ああああさんに攻撃を放つ!
「【フルバーニング】!」
「穿け!」
ボクの最大の攻撃魔法と、それを〈カウンターコンバージョン〉で変換したゆうたさんの鎧によるレーザー光線、そしてゆうたさん自身の持つ最大の武器である通常攻撃。それらすべてが同時に炸裂して——。
最後には、塵一つ残らない有様だった。
『ゲームセット WIN:卍荒罹崇卍&ゆうた LOSE:ああああ&秘書D』
改造行為その3 『熱光線』
指先に埋め込んだ装置から赤い光線を放つ事で、命中した地点に多大な熱量を生み出します。
〘機関銃〙のデメリットである攻撃の当たり判定はありませんが、一撃で相手を仕留め切るような火力を引き出す事もできない様子。アバターのステータスに由来するダメージでは無い故でしょうね。
テクニックその44 『ホームアロー』
ミニチュアハウスを矢にして放ち、そこを起点として瞬間的に移動するテクニック。
大きい家ではなく小さい家にも実用性があるんですよね。




