第50話 人間砲弾
【〈ミュージックハウス〉】を早速ボクの別荘として登録して【ストレージ】にしまい込む。試しにもう一度取り出してみたが、音が途切れることはなかった。
「ありがとうございます!これで次の戦いも勝てそうです!」
「いえいえ、どういたしましてにゃん。自分の仮説が実証できたからWin-Winですにゃん」
「あの……わたくしも【バード】のスキルを強化できる家を注文したいのですけれども大丈夫ですの?」
「おっけーですにゃん!単純に出力を増強させる【ホーム】でもいいし、ご要望にお応えするにゃん!」
猫姫さんもついに【ホーム】を注文するらしい。確かに〈ミュージックハウス〉の仕組みはメイン【バード】こそが最も有効に扱える要素だろう。同じ舞台に立つ日を思うと、背筋がひやりとした。
ついでに家具でも購入しようかと思い、2人を置いて店の中に戻ると、システムメッセージが届いた。
メッセージには『ダブル杯再開のお知らせ』とあり、中をのぞくと明日には再開されると書かれている。
中断のお詫びとして補填も用意されているようだ。経験値の獲得率を上げるチケットが送付されていた。予定があって明日の大会に参加できないユーザーには、追加の補填も送られるらしい。
ボクは自宅用の家具と【アンプルアロー】用のポーションとして【油】をいくつか購入し、店を後にする。猫姫さんは【バード】用の家を2人で検討すると言い、店に残った。
その後はゆうたさんと明日の戦いについて軽い打ち合わせを行い、ログアウトすることにした。相手が【モンク】であるということ以外は何もわかっていない状態であれこれ長々と議論しても仕方ないですからね。
とはいえゆうたさんはすでに〈ロケットパンチ〉への対応策を用意しているとのこと。明日はその対策が結実するかに委ねるしかない。
次の日。【闘技場】を訪れると、昨日とは様子が違うことに気づいた。明らかにプレイヤーの数が多いのだ。
おそらくは大会の中断を聞きつけて何かがあると踏んだ観客だろう。あるいはネットでもあのプレイヤーのことが話題になっているのかもしれない。
「と、なれば!この観客たちの前で華麗にボクが優勝する姿を見せつければチャンネル登録者数の増加間違いなしでは!?」
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>無いぞ
>こんな大勢の前で水着姿で戦う卍さん
>別にただのアバターだし水着でも恥ずかしくないでしょ
>地味にいつもより視聴者数多いな。やっぱり謎のモンク目的?
>俺も参加してるけど卍さんとか余裕で瞬殺するから見とけよ
>↑5秒で負けてそう
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アバターは現実の肉体そのままだって言ってるじゃないですか!言ってないけど。
「次の試合の対戦相手は例のローブの奴らではないようだ。だが、油断せずにいくぞ」
いつの間にか試合開始直前の通知が届いていたらしい。それを見たゆうたさんがボクに連絡してくれる。
「どこにどんな伏兵が潜んでいるかわかったものじゃないですからね。たった一人の出場者を気にして負けてちゃ話にならないですよ」
とは言ったものの、それでもやはり気になる。今日行われた試合の一覧をログから確認してみたが、まだあの人たちの戦いは行われていない。あっ、でもめりいさんと明日香さんのチームが勝ってる。ちょっと嬉しい。
「さて……では、試合に臨むとしましょうか!」
そう宣言したと同時にボクたちは競技場へ瞬時に転移する。どうやら時間になったようだ。
目の前にいる対戦相手は未鑑定の杖を装備した推定【メイジ】が1人と、盾を装備した【ナイト】が1人だ。図らずもこちらの編成とかぶっているようだ。
とはいえサブ職業やスキル取得の方針で同じ職業でもその戦い方はまったく違う。こちらとは全く違う戦術を選択してくるでしょう。
ま、相手がなんであろうとこちらの手は変わらない。リフォームした新型マイフォームで相手を圧殺するだけだ!
「こんにちは〜!」
「私は配信プレイヤーのあかりちゃんです。よろしくね!」
「くっ……しまった!宣伝されてしまった!」
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>草
>これは卍さんの負けですね
>腐ってもそこそこの配信者だからな卍さんは、宣伝効果抜群よ
>相手を選ばないと信者に凸されそう
>安心しろ。卍さんファンはただテクニックを見に来てるだけだからもっと優秀な情報源があれば容赦なく裏切るからな
>それファンじゃないだろ
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「ちなみに我は神だ。崇めよ」
「神様、お賽銭を支払うので負けていただけないでしょうか?」
「よかろう」
「ダメだよ〜!これで卍さんに勝ってあかりちゃんの実力を証明するの!」
「そろそろ始まるぞ。雑談はそのへんにしておけ」
【START!!】
試合開始と同時に先ほどまでのほほんとした会話は中断し、即座に【ストレージ】を開き、マイホームを呼び出す。地面がせり上がり、足場を一気に確保する。さて、相手はどう出る?
家を召喚しながらチラリと相手の方を見やると、その光景に思わず驚愕した。
地面から家が盛り上がるように出現しているのだ!
……いや、やってることは同じなんですけど客観的に見ると、なかなかにシュールだ。この戦い方。
「ついに出たな。同型の戦術使いか」
ボクも堂々と配信をしているわけだからいつかは出るとは思ってましたが、第2試合から戦術かぶりですか。
〈ホームタクティクス〉による【空神の加護】補正は得られなくなったけど、それでもまだやりようはある。
圧倒的な火力で蹂躙するだけだ!
ボクは杖を振るい、【アンプルアロー】を競技場に無差別にばらまく。
つい先日披露した最大火力戦術〈チェインスケアクロウ〉への布石だ。
当然ながらこちらだけが一方的に準備を行えるわけはない。
「いっくよ〜!【ラピッドガスト】!」
あかりちゃんは風属性使いのようだ。お手軽に放てる風属性の最下級魔法をこちらに放ってくる。
とはいえ風属性は詠唱時間が短い代わりに威力も低いというのが一般常識。別に無視しても――。
その時、とんでもない事態が発生した。
あかりちゃんが放った【ラピッドガスト】を遮るように神様が受け止めたのだ。
まさかのフレンドリーファイアか?しかし、その意図はすぐにわかった。
鎧の縁が空気を裂き、雷鳴めいた衝撃波が耳朶を打つ。
「物質干渉力を意図的に下げていたわけですね……っ!」
本来なら耐久性能に長ける【ナイト】という職業は物質干渉力においても優れた能力を持つ。しかし、彼はなんらかの装備で自らの物質干渉力を意図的に低下させることで、身体を簡単に吹っ飛ぶように細工しているのだ。
「【ガードブレイク】!」
吹っ飛んできた神様の一撃をゆうたさんが受け止める。しかし攻撃を受け止めたからといってスキルの効果自体が止められるわけではない。【ガードブレイク】の効果によってゆうたさんの物理防御力が下降した。
攻撃の隙をついて【ソウルフレア】を横から撃ち込もうとするも、次の瞬間には【ホームリターン】で逃げられてしまう。
「〈人間砲弾〉を撃ち込んで即座に帰還……フル活用していますね」
地道に相手のステータスとHPを削っていく堅実な戦い方だ。けれど、ボクのような入念な準備によって破壊力を生み出すタイプのプレイヤーに準備期間を与えるのは禁物ですよ?
「【ハードアーマー】【ハードアーマー】【ハードアーマー】!前線に出る!」
装備の物理防御力を高める【ハードアーマー】を3段重ねにしたゆうたさんが敵の拠点に向かって飛び出す。
本来ならば同じ付与スキルを複数回重ねることはできない。だけれど【ナイト】の【ハードアーマー】は話が違う。
キャラクターではなく、装備の部位ごとにスキルの恩恵を与えることができるんだ。
それを3回も重ねたゆうたさんは不沈の要塞だ。【空神の加護】の補正を受けた攻撃ですら余裕で受け止める耐久力を手に入れた。
ゆうたさんがこちらの拠点から飛び出したのを見計らって相手が2回目の〈人間砲弾〉をこちらに飛ばしてくるけど……来るとわかってるならやりようがある!
「【フルバーニング】!」
神様がこちらの屋根にたどり着く前に、自身のHPの大半を捧げる圧倒的な爆発魔法で迎撃する!物質干渉力が低いならば、これで簡単に吹っ飛ばせ……ない!?
「フハハ!我を崇めよ!」
爆発を突き抜けてそのままこちらに突撃してくる神様。想定外ではあるけれど、それでも対応できないわけではない。
すかさず【ストレージ】から【〈ミュージックハウス〉】を取り出し、【ナイト】の一撃を無防備で受け止める。
「なんだと!?」
神様がびっくりしたのも無理はない、神様の一撃はボクのHPになんの影響も与えることはなく、物質干渉力によって吹っ飛ばすことすらできなかったのだから。
「【ソウルフレア】!」
攻撃を受けたと同時に返しの【ソウルフレア】で相手に真っ向から反撃する。しかし、その攻撃もやはりHPを削ることはできず、ボクのHPだけがスキルの対価として一方的に消費される。
そしてボクが奥歯を噛み締めたと同時に遅れてダメージ判定が発生する。何もされていないのにもかかわらず、勢いよく後方に吹っ飛ばされるボクを見て、神様はすぐさま回復のスキルを発動させた。
「【アルティマヒーリング】!」
急激に回復するHPゲージと、その直後に発生した【ソウルフレア】のダメージ判定がせめぎ合う。サブは【ビショップ】でしたか。回復がなければ全損まで持っていけたんですけどね。
とはいえボクの家の屋根は炎で大炎上を続けるいわば継続ダメージエリア。【先取りの奇跡】を切らせたなら、踏み倒されない限りは俄然こちらが有利ですよ!
一方、ゆうたさんは【ストレージ】から【かかしの種】を撒き散らしながら敵の【メイジ】に接近していた。
「くらえ〜!【ゲールウィンド】!」
あかりちゃんの風属性魔法がゆうたさんを襲う。本来なら火力は足りないはずだけど、こちらに来た【ナイト】の物質干渉力が低いのであれば、〈人間砲弾〉の元凶は……。
卍荒罹崇卍 >避けてください!
言われるまでもないとばかりに【エアジャンプ】を駆使して大きく横に移動して攻撃を避ける。そして屋根の上に飛び乗り、あかりちゃんを思い切り斬りつけた。
あかりちゃんが宙を舞い、神様は再詠唱時間中。このタイミングこそがチャンスだ!
吹っ飛ばされたボクは【連爆の杖】を取り出しフィールド中に散らばるかかしたちに向けて振るう!
「【チェインボム】!」
その瞬間、試合会場全体を震撼させる大爆発が巻き起こった。
耐性装備を着けていたかは定かではないが、その数値が『無効』に達していない限り、彼らが生き残れる道理は存在しない。
その勝敗は、明らかであった。
『ゲームセット WIN:卍荒罹崇卍&ゆうた LOSE:あかり&神』
テクニックその39 『人間砲弾』
圧倒的な干渉力によって味方をふっ飛ばし移動手段とするテクニックです。吹っ飛び力と威力には相関性がありますが、比例はしません。少ないダメージでふっ飛ばすことができるならなかなかの実用テクニックですね。
テクニックその40 『コンボ抜け』
テクニック39の派生テクニックです。ボクは意図的に物質干渉力を下げてわざと遠くまで吹っ飛ぶ事で近接職に連続攻撃を繋げられないように対策をしています。
テクニックその41 『アーマーエンチャント』
【ナイト】のスキルである【ハードアーマー】や【オーラシールド】はプレイヤーではなく装備を強化するスキル。よって、複数回続けて別の装備を強化すれば重複可能。これらのスキルは再詠唱時間が1分なのですけど、ゆうたさんの型はそういうのを踏み倒すのが得意な型なんですよね。




